航路〈上〉 (ヴィレッジブックス)

航路〈上〉 (ヴィレッジブックス)

航路〈下〉 (ヴィレッジブックス)

航路〈下〉 (ヴィレッジブックス)

激しくネタばれしています(間違ってここに来てしまった人のために)。読む予定の人は以降の文章は読まないように。死後の世界に興味があったり、輪廻を信じているような人は、本書を読んでも無駄。



ハードカバーでは買っていなかったので、文庫が出るのを待っていた。書評などもなるべく見ないようにしていたので、臨死体験の話という予備知識しかなかった。『ドゥームズデイ・ブック』のような重たい話かと思っていたら、のっけからノリノリのコメディタッチ。
臨死体験を研究している認知心理学者のジョアンナは、神経内科医のリチャードから共同研究を持ちかけられる。リチャードの研究とは、臨死体験を人為的に引き起こす神経伝達物質を投与し、その際にRIPTと呼ばれる装置を用いて臨死体験中の脳の働きを調べるというもの。当初は被験者のインタビューに徹していたジョアンナだったが、予想どおり自ら被験者となり、臨死体験を経験する。ジョアンナが経験したのは、氷山に衝突した直後のタイタニック号での出来事。この、臨死体験の場所がタイタニックであるというのがわかるまでの経緯が本書の第一の山場。なぜタイタニック臨死体験として経験するのかを突き止めるために、いろいろとすったもんだの挙句、ジョアンナはその回答を見つける。つまり、臨死体験とは、再び肉体が活性化するよう、脳があらゆる神経経路に対して発するSOSであると。タイタニックはそのメタファーだった。
ここまでで全体のちょうど四分の三ほどなのだけど、そこでなんとジョアンナはヤク中の若者にナイフで刺されてあっさりと死んでしまう。物語の半ば過ぎで主人公が死んでしまうという、驚きの展開。※薬物による人工的な臨死体験とはすなわち幻覚で、その間の時間経過は実時間とは無関係に伸縮するという設定。つまり、どこからが幻覚なのかはわからないので、実は死んでいないとか、リチャードは擬似臨死体験中なのにジョアンナが死んだと思い込んでいるとか、的外れな展開を想像しつつ読んでしまった。
ここまでストーリーはリニアに進んでいたのだけど、残り四分の一は、ジョアンナの(本物の)臨死体験と、ジョアンナが忌わの際に理解したであろう臨死体験の意味を探ろうとするリチャード達の行動とが、交互に語られる。結局、リチャード達はその回答を見つけ、心停止時の治療法として期待が持てるまでになる。
コニー・ウィリスの他の作品もそうだが、本書もやはり繰り返しのギャグ多用されていて、このノリについていければとても楽しめる。登場人物達の微妙なすれ違いや誤解、そして大団円に至るストーリー・テリングは素晴らしい。
最初はジョアンナが臨死体験の意味を探そうとあらゆる手を尽くし、次にリチャードがジョアンナの足跡を辿るわけだが、この構造自体が、脳が発するSOSとしての臨死体験というテーマと符合しており、その意味ではメタ小説といえる。個人的には、結末でじーんとするという種類のものでも、パズルのピースがひとつひとつ埋められていくというタイプの小説でもなく、物語を読み進めることそのものを楽しむ小説だと思う。
登場人物も皆、類型的であるのに魅力的に描かれている。読みながら、視覚的に場面を思い浮かべることが容易にできて、ジョアンナは若いころのジョディー・フォスター、リチャードはなぜか『エイリアン2』に出てきた会社側の野心家(名前失念)、そして災害おたく少女メイジー花輪和一の漫画に必ず出てくる例の少女だった。
いずれ、もう一度読もう。