時間衝突 (創元推理文庫)作者: バリントン・J・ベイリー,大森望出版社/メーカー: 東京創元社発売日: 1989/12メディア: 文庫購入: 10人 クリック: 66回この商品を含むブログ (60件) を見る

再読ブームの一発目。といっても、自宅から再読用にもってきている本はこれだけなので、二発目はいつになるのかわからないが。
この小説はなんといっても、独特の時間理論が見事。時間は宇宙が本来的にもっている性質ではなく、惑星の近傍という天文学的には非常に小さい領域にのみ時間の流れが自然発生する場合がある。時間とは「現在」が移動することによって流れが生み出されるのであり、タイムマシンで「未来」または「過去」の地球に訪れても、そこは完全に静止した世界である。そうして生じた時間の副次的な効果として、生命が存在しうる。生命は「現在」にしか存在できないので、「未来」には生命のかけらもなく、「過去」には「現在」の残滓しかない。またそのような時間の流れにはいくつかの方向がある。つまり空間の3次元と同様に時間にも「広がり」があるので、いろいろな方向に進んでいる時間の流れが宇宙には複数存在している。…すばらしい奇想、バカSFの極みだ。
地球にはたまたま2つの流れが存在していて、互いにひとつの時点を目指して進んでいた。それらは必然的に正面衝突する運命にある。衝突後のカタストロフィーを避けようとして、それぞれの流れに存在する文明(1つは人類)が互いに相手を先制しようとして、大戦争が始まる。一方、地球の時間の流れとは別な流れに一部の人類(中国人)が築いたコロニー<レトルト・シティ>があり、文化も科学も地球のそれよりもずっと進歩していた。彼らのコロニーにたどり着いた地球人科学者が、<斜行存在>と呼ばれる、斜めに進む時間の流れの中に住む存在に働きかけ、<真人>(つまり白人)による極端な人種差別主義政策のもとで虐げられていた<異常亜種>(アジア人のようだ)の居住区のそれぞれを、異なる時間の流れの中に平行して存在する複数の地球へと送り出す。<レトルト・シティ>に攻め入った<真人>のエリート軍人集団<タイタン>は、中国人達のより洗練された時間技術の前に敗北する。また、地球には過去に侵略してきたとされる異星人(実は地球のもう一方の時間の流れに住む文明)の遺跡が存在することから、地球での戦いにおいても<タイタン>が敗北するであろうことがほのめかされる。
こう書くと単純な勧善懲悪ものに思えてしまうが、基本的なストーリーはその通り。しかしこの小説では、そのような基本ストーリーなどはむしろ枝葉末節に属するものであり、この驚愕の時間理論や、<レトルト・シティ>の抱腹絶倒の社会制度(娯楽レトルトと労働レトルトとに時間的に分離されており、それぞれのレトルトの子供は生まれるやいなやもう一方のレトルトの祖父母のもとに送られ、やがて彼らは自分たちの孫を育てる)と洗練された文化、<斜行存在>が見せるヴィジョンなどをこそ楽しむべきだ。
一点だけつまらない指摘をすると、「現在」が通り過ぎたあとの「過去」は急速に古びる、というようなくだりがあるが、これは矛盾しているのでは。「古びる」という現象は、時間の流れがあってこそだろう。まあ、こういう設定にしておかないと、より重大な矛盾(自分たちから見て時間を逆行する文明の痕跡は、遺跡にはなり得ない)が生じてしまうのだが。
ところで、ブルース・スターリングが序文を書いているが、これも素晴らしい。たかが文庫の序文でありながら、このスピード感あふれる文章を読んでいるだけでわくわくしてくる。ベイリーの小説を『スキズマトリックス』のお手本にした、というようなことが書かれているが、言われてみれば確かに共通点が多い。