アレステア・レナルズ『啓示空間』

啓示空間 (ハヤカワ文庫SF)

啓示空間 (ハヤカワ文庫SF)

題名はそそるものの、巻頭のマンガチックな登場人物紹介で、嫌な予感はしていた。
辺境の惑星で異星人の遺跡が発掘されてーという導入部は、まあ魅力的ではある。空間的にも時間的にも隔てられた3人の主要な人物がどのように関わり合ってくるのか、それなりに期待もあった。…のだが。
その異星人は視覚が発達しており、使用していた文字も図文字のようなもので、しかも立体視しなければならないという。遺跡に彫られていた同心円からなる図も当然立体視されることを前提としているのだが、解読(主人公は特製の義眼を持っているので可能なのだそうだ)の結果、その星系を図式化したものだという。立体視ができるのに、なぜ軌道面を公転軸から見た同心円で表現しなければならないのか。もしや、素で立体視ができるという描写でもって異星人っぽさを演出したかっただけでは、などという邪推をしてしまったのだが、この手の表層的な物珍しさによる演出はどうやらこの作者の得意技らしい。他にも、全長数キロメートルにおよぶ宇宙船が登場するのだが、この宇宙船のエンジンは放射線を出しているので、被曝を避けるために船内エレベータがその付近を通過するときだけ速度を上げるという。高々数百メートル離れるだけで安全ならば、最初からエンジンを船体から離れたところに配置しておくとか、そもそも遮蔽するとかしておけばいいじゃないか。宇宙船が減速するときには反転してエンジンが進行方向にくるはずだが、亜光速で移動しているときには船内のどこにいても危険ではないのか(その放射線が電磁波だけではないとして)。この手の突っ込みどころが十ページに一度くらは出てくるので、都合百回くらい突っ込んだろうか。
千ページ超のこの作品は、ずっとこんな調子で続く。少々の中だるみは覚悟していたが、全編これ中だるみといって差し支えない。さしたるクライマックスもなく、「啓示」の描写もB級SF映画のような安っぽさ。伏線らしきものはオチが容易に想像がついてしまうので、ちっとも効果がない。展開も予想どおりで、意外性もあったものではない。
さらに、この作者の致命的な欠点は、人物の描き分けができないことだ。そもそも人物造形のセンスが悪いところにもってきて、後半に行くにしたがって皆同じような言動をするようになってくる。訳者が気を利かせたのではないかと思うのだが、人物によって言い回しや表現を多少は変えており、これがなければ本当に誰の台詞なのか見分けがつかないところがある。「私がそんな間抜けに見えるか」などといいながらも、他の人物による小学生がつく嘘のような言い訳に納得したりするのも、物語の進行に都合がいいように振る舞わせているとしか思えない。
各章の冒頭では、「カズムシティ/二五二四年」などのように場所と時とが明示されている。超光速航法が存在しない世界なので、前半は相対論的な時間軸のずれが多少は効果的だったが、中盤以降は3人が一緒に行動するし、ほんの数週間の出来事なので、ずっと同じ「年」のままだ。こういう間抜け加減といい、要するにこの作者は、小説がヘタなのだ。
知性化シリーズやハイペリオン四部作、<工作者/機械主義者>シリーズといった名作から少しずつおいしいところを持ってきてごた混ぜにしたようなもので、なるほどこれが解説にある「ハイブリッド宇宙SF」の意味するところか。この解説を書いているのは堺三保なのだが、SF研究家という肩書きになっている。出版社に阿ってこんな駄作を持ち上げるような奴は信用できない。もし本気でこれが傑作だと思っているなら、「SF研究家」の看板など下ろすがよかろう。