立喰師列伝

押井守監督というネームバリューにしてはそれほど話題になっていないようなので余技として作った軽い内容の作品かと冷笑的な気分になりつつも予告編が良い出来だったので鑑賞したところ余技どころか映像的にも興味深いものでありアニメーションとしては「ウゴウゴルーガ」に相当するといえばいいだろうか意図的にそれとわかる書割りの如く周到に計算されたぞんざいさでもって配置した背景に厚みを持たない完全に二次元の人物が現代のモーションキャプチャーによるリアリティを求めた所作ではなく自由度として理想化された値を持つ関節を備えた構造物としての人体が運動方程式を用いた比較的単純なアルゴリズムによって導き出されたかのような機械的な動作をするというものだがそのことがむしろ現実の人体にはありえない動きをしまた派手なアクションが独特の効果を生じており加えてややノスタルジックな風合いを帯びたフィルターが時代背景にも合致しており主に極力装飾的な演出を廃したモノローグによって淡々と語られる敗戦→高度成長期→政治的混乱→昭和元禄→バブル期という時の流れと共に変化してゆく日本の食文化とそこに巣くう仕事師としての立喰い師達の「ゴト(事)」をペダンティックに解説し社会の変化とシンクロする彼ら立喰い師達のイデオロギーの変遷を政治学的視座で俯瞰し同時に実際の歴史の秀逸なパロディとしても成立しているというのがこの映画でありリチャード・ブローティガン吉本隆明エルンスト・マッハウルトラマン、果ては佐々木マキまでも引用するという節操のなさと一定の教養を観る者に求めるところが押井守をして難解という評価を与えるものかもしれぬがこの映画は純然たるエンターテインメントでありむしろ監督の悪ノリの発露とも言える部分もありそれはきうちかずひろ乙一大森望といった関連が不明な出演者の人選およびおそらく監督の飼い犬までをも登場させることにもそれは伺えるが冒頭ではこの調子で延々と最後まで続くのかと危惧したもののむしろそのテンションを全編を通じて維持していることこそがこの映画の美点でありなおかつ娯楽作品として成功していることが驚きでもあって初めて押井守の作家性に感動したといってよくあえて暴言ともいえる言辞をもって最大限の評価を与えるというレトリックを臆面もなく用いるならば異論はあろうがこの映画は押井守の最高傑作であり『うる星やつら』や『攻殻機動隊』よりも評価されるべきだという見解をここに表明するとともに鑑賞の後に当然ながら蕎麦を食したということは申し添えておきたい。