フィリップ・リーヴ『移動都市』

移動都市 (創元SF文庫)

移動都市 (創元SF文庫)

ぜんぜん聞いたことのない作家だなあと思ったら、それもそのはず新人なのであった。正直ほとんど期待しないで読んだのだけど、これは面白い。面白いぞ。
裏表紙のあらすじには「…移動しながら狩ったり狩られたり、食ったり食われたりを繰り返す都市…」とある。これだけ読むと、都市が移動するとか食ったりするとかいうのは何かの比喩なのかとも思ってしまうのだが、そうではなくて本当に移動したり食ったりしてしまうのだった。だからといってファンタシーでもなく、きっちりと練られた世界観は確かにSFのもの。しかも舞台となる移動都市はロンドンというから、なんとなく『ゴーメンガースト』を連想してしまったけど、雰囲気はどちらかというと解説にもあるようにジェイムズ・ブリッシュの宇宙都市シリーズに近い感じ。
ストーリー的には、少年と少女が活躍する冒険ジュヴナイルではあるのだけど、年齢を問わず楽しめるだろう。少年はみなしごだし少女は顔面に醜い刀傷はあるしで、ちょっと屈折している。そういう背景もあって、当初はいがみ合う二人がやがて惹かれ合うようになるところは、予定調和的ではあるけれど読みごたえがある。他の登場人物もとても魅力的なのに、主人公の二人以外はほとんど死んでしまうのだが、小説の中で人が死ぬシーンでこんなに心を動かされたのは久しぶり。
全体的に冒険小説の定石に従っているので、展開が予め読めてしまうことが多い。それでもじゅうぶん楽しめるというのは、やはりこの人物造形の上手さと世界観のユニークさにあるように思う。
本筋にはあまり関係ないけど、読み終わったあとで改めてカバーの絵を見ると、なるほどこれはそういう意味の絵だったのかというニクい仕掛けになっている。
これは四部作の一作目ということで、他の三作もじゅうぶん期待できる。早く出ないかな。
作者は英国人とのことだが、同じく英国人作家達による最近流行りのラノベ調(以下略)とは一線を画している。最近の創元SFはめっきり刊行ペースが落ちているが、ハヤカワと違って地に足がついている。