ケリー・リンク『マジック・フォー・ビギナーズ』

これは良い短編集だ。全9編、ハズレなし。
最初の収録作の始めのほうを読む限りでは、ちょっと変わったファンタジーかなと思ってしまうが、だんだんそれだけではないぞと思えてくる。読み進めるにつれて、バーセルミっぽいかなとも思うが、やっぱりそれだけではない。
魔術的リアリズム幻想小説、SF、単にそういうものでは括れない、不思議な世界。最初は現実から少しずれているところから始まるだけなのに、いつの間にか、今までに読んだことのない小説を読んでいることに気がつく。
ストーリーもちょっと壊れかけていたり矛盾をはらんでいたりするけど、それらはちゃんと計算された上でのこと。違和感を感じながらも読み進めていくと、意外なところですとん、と落ち着いたりする。小説じゃあないけど、デイヴィッド・リンチの映像作品や山本直樹のマンガを連想してしまった。これはメタフィクションで、入れ子構造になっているんだろうなあ、などという予想をしながら読んでいても、微妙にはずされたりして、それが快感だったりもする。
色々な小説や映画などからの引用が多く、自然とそれらに関連するイメージが次々と想起される。これもやはり計算されたもので、世界観が『指輪物語』っぽいなと思ったら、「滅びの山の頂上でゴラムがフロドの指を…」なんていう文章が出てきたりする。
ユーモア感覚も独特で、笑ってしまったことに後ろめたさを感じてしまうような類いのユーモア。いくつかの短編で共通するキーワードが出てきたり、ゾンビや幽霊などへの偏愛ぶりが随所に出てくるところも面白い。
ワールドコンで来日していたようなので、きっとSFマガジンにインタビューくらいは載るだろうから、久しぶりに買うことにしよう。