橋本忍『幻の湖』

幻の湖 (1982年) (集英社文庫)

幻の湖 (1982年) (集英社文庫)

映画とは相補的な関係になっていて説明不足な部分が補われているものと思っていたのだが、やはり説明が足りていないところがあるし、突飛な展開をするところもある。
主人公が、シロを殺した犯人は笛の男じゃないかと疑ったり、銀行員と婚約するくだりなどは、どうしても納得できない。やっぱりこの作者はちょっとヘンだ。
笛の男といえば、映画では宇宙パルサーの研究をしていることになっていたが、この小説ではさらにエスカレートしている。反電子に満たされた星雲とか、人間の思念の素粒子「精神子」だとか、もうなにがなんだか。無粋を承知でつっこむと、静止軌道は赤道の直上でなければならないので、琵琶湖の真上に物体が45億年もとどまるということはありえない。
登場人物が驚いたり感動したりするときには、同じ科白を繰り返して疑問符や感嘆符を多用するというヒジョーに斬新な手法が用いられるわけだが(例:「作曲家??……作曲家の日夏圭介!?」)、これは主人公役の南條玲子の演技そのもの。橋本忍がそういう演技指導をしたのか、それとも女優の演技をそのまま文章で表現したのか。いずれにしろ、こういうベタな表現は映画と同じだ。
最後のクライマックスは、映画のようにグサッ、ブシュー、ズドドドド、というわけにはいかず、小説ならではの描写を期待していたのにちょっと残念。
ところで、自宅でこれのDVDを観賞したのだが、この時代のものにしては珍しく音声が4チャンネルなので、マルチチャンネルのシステムで聴くと音響が素晴らしい。芥川也寸志の音楽はダテじゃなかった。