ロバート・チャールズ・ウィルスン『無限記憶』

無限記憶 (創元SF文庫)

無限記憶 (創元SF文庫)

去年出た『時間封鎖』はそれはもう素晴らしい作品だった。意外に早く続編が出たのでさっそく読んでみたが、こちらの期待値が高すぎたのか、やや肩透かしをくらったという印象。
特殊な能力をもつ謎の少年アイザックや、空から降る有機物とも無機物ともつかない物体、といった導入部分は面白かった。だが三人いる主役級の人物のうち、失踪した父親の謎を追いかけるリーサと、すねに傷を持つ男タークの二人が、あまり魅力的に感じられなかった。前作の主人公のタイラーはまあそんなにぱっとしない人物ではあるけれど、周囲の重要人物たちに巻き込まれていきながらも生身の人間として最大限の努力を払い続けた結果、地球を包んだ宇宙的事象にいつのまにか関与していくという、SFの王道パターンがとても爽快だった。
リーサたち一行を不本意ながらも追いかけざるを得ない立場に立たされてしまうリーサの元夫や、謎の老女、前作における重要な登場人物の一人など、人物の配置はとてもよいのだけど、彼らが上手く動いていない。アイザックは設定上あまりしゃべらないキャラだということもあって、周りの大人たちのセリフが説明的なものになってしまう傾向がある。隠遁して研究に没頭しているグループの指導者デュヴァリ博士も、なぜこのような狂信に至ったのかという動機づけが弱い。
それでも、後半になってからはぐっと持ち直して物語のスピードも早くなり、怒濤の展開を見せる。前作ではジェイスンの口を通じて間接的に語られるだけで主なヴィジュアルは巨大で一様な構造物「アーチ」のみだった「仮定体」も、今回はその実体(の一部)を見せる。この仮定体については、三部作のまだ二作目ということもあって、正体が完全に明かされるわけではない。むしろ、どちらかというとまだ出し惜しみの状態か。仮定体は意識を持つかどうか、そもそもの目的な何なのか、という議論もなされるが、これらについての回答は完結編待ちということだろう。
いずれにしても、完結編には大いに期待しているが、解説によると作者はまだ書いていないどころか、本シリーズとは無関係な長編を書いたところらしい。完成するのはいつになることやら。


以下、内容に触れます。
訳者あとがきでも触れられているが、仮定体が意識を持つのかどうかという議論は、とても興味深い。これがたぶん完結編の重要な焦点になると思う。というか、それを期待している。
仮定体が人間の記憶を保持するだけではなく人格をシミュレートできるということは、仮定体自身が心を持つということなのか?という疑問についての考察が作中で行われるならば、それは科学哲学や情報科学にも関係する話題になるだろうけれど、そういう作風でもないような気がする。今作で仄めかされているような、「神」あるいは何らかの超越的な存在という種明かしはありそう。
情報の回収・復元サイクルが1万年というのは宇宙的な規模では意外に短いので、仮定体に属するすべての天体(もしくは仮定体のノード)が1サイクル以内に更新されているとするなら、仮定体の半径はたかだか5000光年ということになる。そうすると、銀河系に限っても数十〜数百もの仮定体の「個体」が存在する可能性もあるわけで、これらの仮定体もまたさらに大きな情報処理の系を構成する単位にすぎないのかもしれない。
ジェイスンが言っていた「廃虚」というキーワードも気になるし、この「新世界」が仮定体にとっての情報の集積場であるというのも、意外な展開だ。この世界観において地球または人類に特別な地位が与えられているとするなら、前作での「スピン」はより重要な意味をもつことになる。例えば、この宇宙は時間的に閉じた環を形成していて、知性は地球もしくは新世界で誕生することにより、汎宇宙的な事象になったのだ、というような。