セバスチャン・フィツェック『サイコブレイカー』

サイコブレイカー

サイコブレイカー

本の中に付箋が貼ってあるという話を聞き、実際に手に取って見たら確かにそうなっていた。あらすじにも魅かれるものがあったので読んでみた。
被害者のコミュニケーション能力を封じることにより、本人の意識はあるけれども他人からはそうは見えないという状態にする異常犯罪者「サイコブレイカー」。その事件の経緯を詳細に綴った文書は「カルテ」と呼ばれ、ある精神科医によって書かれたものだという。その事件のパートが本書の大部分を占めるが、ところどころに「カルテを読む心理実験」に参加するボランティア学生とある教授のシーンが挟まれる。カルテに書かれた事件が起きたのはかなり前であることは早々に示されるが、合間の学生たちのシーンにおけるディテールや教授の独白が、その事件との強い関連を仄めかす。
事件のパートでは、早くも序盤で大ヒントが出てきて、ああこれはヒントなのだろうなあとすぐわかったのだけど、その解釈の仕方がずれていたので結局最後までミスリードされたままだった。主要な三人の登場人物の関係は、なんとなく想像がついたけど。
真冬に、他から隔離された建物の中に犯人ごと閉じこめられるというシチュエーションは、『かまいたちの夜』っぽい。なんて思い始めるともうあの恐怖が甦ってきて、こういうのはめったに読まないためにスリラー耐性もあまりないし、とても怖かった。この小説の事件パートは主人公の主観で語られるので時間がリニアに進行する。比較的短い各章の冒頭には、○時×分というように時刻が記され、それがほぼ実時間どおりに進んでいく。たまに「恐怖の瞬間まで、あと△時間□分」という文句も記され、これが順調にカウントダウンしていくのが余計に怖い。このように最後まで緊張感は持続するし、謎解きもちゃんと用意されている。
仕掛けは実によく出来ていて、「必ず二度楽しめる」という帯の文句は伊達じゃない。何箇所かつじつまが合わないように思えるところもあるし、そもそもこの事件の経緯がかなり偶然に依存している。とはいえ作者はこの偶然を利用して登場人物や読者をミスリードするのが非常に上手いし展開が速いので、ストーリーにのめり込んでしまえば細かいアラは気にならない。
前述の、事件の経緯を綴ったカルテとそれを読む第三者という構造には、実はもう一つのレベルが繰り込まれていたことが最後にわかる。軽くネタばれすると、それはまるで日野日出志「地獄の子守唄」のよう。そして付箋の意図も明らかになる。こういうメタな遊びは大好きなので、読み終わるころには怖いやら嬉しいやら。本の装丁やページ番号の振り方にも凝っていて、もちろん内容と強く関連している。
この作者はたいへん気に入ったので、既刊の小説も読んでみたい。