セバスチャン・フィツェック『ラジオ・キラー』

ラジオ・キラー

ラジオ・キラー

デビュー作の『治療島』とはうってかわって、ド派手なアクションもの。
とはいっても、主人公はアル中で自殺願望のある中年女の犯罪心理学者だし、対決するたてこもり犯人もやはり心理学者でサイコな匂いがぷんぷんしている。でもこのたてこもり犯人はかなりの知能犯でもあり、本当は狂気とはまったく縁がなく、それどころか時には主人公よりも理性的であることがわかっていく。だから実はこの話はサイコとはほとんど無関係なのであった。
敵と味方、加害者と被害者といった構図が、二転三転どころかもう何転したかわからなくなるほど目まぐるしく変化しながらスピーディーに進むストーリーは、やはり面白い。このハラハラドキドキ感を最後まで持続させる腕はたいしたものだ。ただ、前述の主人公が、心身ともにボロボロのわりにはタフすぎてまるで『24』のジャックのようなのと、ミスリードを狙った修辞のせいで、逆にここに仕掛けがあるのだなとわかってしまうところがあるのがやや残念だった。スパイの正体も、途中でわかってしまった。
まあ、最後にはすべての謎が明らかになるし、ある種の「救い」みたいなものも用意されている。厳密には、救済しえない絶対的な運命のようなものがこの世にはあって、それに対峙したときに人はあまりにも無力なんだから仕方なくね?みたいな感じだけど。とにかく、非常に濃密な一級品のエンターテインメント小説ではある。
ところで、個人的にツボだった小ネタがひとつ。各章のはじめに2、3の警句が記されているのだけど、そのうちのひとつがDepeche Modeのものだった。

バチ当たりな噂を広めたくはないが、神はブラックユーモアのセンスの持ち主だと思う。おれが死ぬとき、神は笑っていると思う。

手持ちのCDを調べてみたら、これは「Blasphemous Rumours」の歌詞だった。作中で引用されているのはサビの部分だけだが、Aメロは自殺未遂する少女の話で、Bメロではその母親が登場する。この小説の主人公には二人の娘がいたが、長女のほうは1年前に自殺しており、主人公がアル中になった理由もそこにあったのだ。この符合に気がついたときには、背筋がゾーっとしてしまった。