田島正樹『読む哲学事典』

読む哲学事典 (講談社現代新書)

読む哲学事典 (講談社現代新書)

哲学者に必要とされる最も重要な資質はユーモア感覚である、とつねづね思っているのだけど、そういう意味でこの本はすばらしい。「はじめに」からもうギャグの連発で、とても楽しく読めた。
各章がとても短くて読みやすいが、早足に感じてしまうのは否めない。まあこの本は重厚な哲学書ではなくてあくまでも新書であるし、「あとがき」にあるようにわかりやすいことを第一に書いているということだろう。各章のテーマに対応する哲学者なり思想なりについて詳しく説明されているというわけではなく、これを通して読めばギリシア哲学から現代思想に至る全体像がなんとなく見えてくるような、そんな本。
この本を読むかぎりにおいては、著者は反イデア主義者・反実在論者のように思える。「言語と意味」の章において、「雪男」という言葉が指す対象は雪男が発見されてはじめて確定するというくだりは、イーガン「ルミナス」のメインアイディアを連想させる。なるほど、作中における数論の扱いを「反実在論的な見方」と呼べばいいのか。
後半は右翼と左翼の議論が特に面白かったが、「メタ言語と主体性」の章はややこじつけに近いように感じた。だが最後の「歴史と伝統」では「そもそもいかにして歴史が可能なのか」というくだりで目からウロコ。
自己言及やカテゴリー論、相対主義といったキーワードはどの章に現れてもおかしくないと思うが、話題が発散することを嫌ったのかそれらは概ね当該の章にのみ現れるだけで、重複や繰り返しを慎重に避けているという印象を得た。
前述のように、思想史上重要な哲学的タームを手っ取り早く知るという衒学的な用途には向かないが、総じていい本だった。