フィリップ・K・ディック『未来医師』

未来医師 (創元SF文庫)

未来医師 (創元SF文庫)

21世紀になって10年が経とうとしているというのに、ディックの初訳が読めるなんて。
主人公がタイムスリップした先の社会は、平均寿命が15歳ですべて有色人種。人が一人死ぬと受精卵を一つ選び発生させて育てるというシステムなので、死は生に直結するという死生観のため、延命のためのあらゆる医療行為が違法とされている。なんていう派手な出だしは、いかにもディックだ。
やがて主人公は、そのような管理社会に反旗を翻す地下組織によって現代から「時間浚渫」されたことがわかる。彼は否応なくその組織に関わることとなり、「タイム・シップ」を駆使した大冒険に巻き込まれる。うーん、やっぱりディックだ。
だがしかし、これはいかにもなディック流時間テーマSFなのに、意外にもストーリーが破綻していない。最後のどんでん返しも、ある程度予想がついてしまうものの、よく出来ている。解説にもあるけど、『逆まわりの世界』に比べれば、はるかに整合性があり論理的だ。むしろ、前述の未来社会の設定のほうに無理矢理感がある。
確かにこれはSF小説としての評価は高くはならないかもしれないけれど、根底にあるこのチープな世界観、錯綜するタイム・トラベルと冒険活劇などは、ディックにしか描けない。そういう意味でとても楽しめたし、意外にも、超がつくくらいに楽観的なハッピーエンドというのが印象的だった。