上田早夕里『火星ダーク・バラード』

火星ダーク・バラード (ハルキ文庫)

火星ダーク・バラード (ハルキ文庫)

『華竜の宮』の前にひとつ読んでおこうと、どうせならデビュー長編をと思い読んでみたのだが。うーん。
物語の根幹をなすアイディアは決して悪くはないんだけど、それを上手く使いこなせていない。当初あった制限事項がいつのまにかなかったことになっていて、最終的にはありがちなヒロインのイヤボーンものに。まあそうなったきっかけがあるにはあるのだけれど、そのへんをもっとこう、情緒的に描けないものか。あと、「異星生物の遺伝子」を持ち出した時点で何でもアリになってしまうというのはよくあることなので(『バイオメガ』とか)、こういうガジェットの取り扱いには注意が必要。
この作者はとにかく人物たちにセリフで「説明」させてしまうので、唐突にそれまでの雰囲気や展開ががらりと変わってしまうことがままある。前述のヒロインの豹変ぶりにしても、それまでのストーリー展開からは浮いてしまっている。そもそもの発端は一種の不可能殺人だったのだけれど、最終的に謎は解決されるとはいえ、それもあっけらかんとした感じでさらりと説明されるので、ズッコケてしまう。
あと、これは個人の好みの問題もあるかもしれないけれど、用語の使い方にことごとく違和感を感じた。用語といっても、科学用語などではなくて、日常会話に出てくるような語彙のレベルで。また、この作者は文章のリズムというのをあまり気にしないようで、用語の件と相まって、とても読みづらかった。だから内容のわりには、読むのにとても時間がかかってしまった。
デビュー長編だから仕方がないのかもしれないけれど、構成もイマイチだし、ストーリーテリングも上手ではない。まあいろいろと残念な印象を持ってしまったが、一番の欠点は、読後に何も残らないことか。
ただ、この作者の倫理観・生命観には共感するところはある。生命工学や政治などについて、もう一歩踏み込んだ話を読んでみたいなと思ったことは事実。
ま、近いうちに『華竜の宮』を読んでみるよ。