フランク・ティリエ『シンドロームE』

シンドロームE(上) (ハヤカワ文庫NV)

シンドロームE(上) (ハヤカワ文庫NV)

シンドロームE(下) (ハヤカワ文庫NV)

シンドロームE(下) (ハヤカワ文庫NV)

全然知らない作家だけど、もう何作も書いていて邦訳も出ている。これも同一人物が主人公のシリーズものの一冊らしい。タイトルといいカバー絵といい、いかにもB級スリラーな雰囲気。まあ確かにB級かもしれないけれども、意外に細部まできちんと作り込まれているし、ストーリーテリングも強引だが上手なので、一気に読めた。
急死した映画コレクターが遺したコレクションをたまたま観ていたフランス人映画ファン。彼はその中の一作を観た直後に、突然目が見えなくなってしまう。『リング』か?などとも思ってしまうが、そんなに似ているわけではない。
専門家がこの映画を詳細に調べたところ、サブリミナル効果が仕込まれており、観た者は精神に何らかの不調を訴えるようになるらしい。いやいやサブリミナル効果は実証されているわけじゃないし、マーケティング絡みの眉唾ものだぞと思ったら、そのすぐ後にその件のフォローがある。しかもその映画が制作されたのは1955年なので、コカ・コーラの実験よりも前だ。映画が作成された年代が何故わかったかということも詳細に説明されていて、コダック社はフィルムに制作年代を示すマークをつけていたとのこと。他にも、カメラの仕組みやフィルムの素材などの蘊蓄も嫌みにならない程度に説明されていて、ちょっと感心してしまった。それらの蘊蓄が正しいのかどうかは知らないけれど。
そしてその通常よりも多いコマだけを抜き出して繋げると、本編とは全く異なる猟奇的な映像が現れた。この描写が実に上手くて、それこそ『リング』のビデオの描写と同じくらい生々しい。
その映画の事件と時を同じくして、フランス国内で5体の変死体が発見される。これらの死体には銃で撃たれた跡がいくつもあり、さらに脳と眼球が取り除かれている。こちらもまた酸鼻を極める描写で、さすがフレンチ・ホラーは容赦ない。
やがてこれら2つの事件の間には関連があることがわかり、さらに風呂敷が大きく広げられ、エジプトやカナダにまで及ぶ。さすがにこれは風呂敷を広げすぎたのか、後半はデウス・エクス・マキナ的に幸運が重なって謎が解明されたり、事件の関係者たちによる「説明」に終始してしまったのが惜しいところ。
最初に出てきた失明した映画ファンは無事に回復したということが人づてにわかるだけでその後はさっぱり登場しないし、他にも放ったらかしにされた人物やエピソードもあったりして、気になるところは多々ある。ものものしく登場したわりには、あっさりと死んでしまう人物もいるし。
とはいっても想像以上に楽しめた。主人公はこの事件を調査する2名の警官といえるが、その片方が過去の事件のトラウマによって統合失調症を患っており、彼は実在しない少女の幻影を見る。その幻の少女の命令には逆らうことができず、マロングラッセとカクテルソースをしょっちゅう買っている、という設定が絶妙なおかしみを醸している。
実はこの小説は2部作の1作目ということで、とんでもない終わり方をしている。これは2作目も読まないわけにはいかないじゃないか。幸い、フランス本国ではもう出ているらしいので、早ければ来年にでも読めそう。
この作者の他の作品にも興味があるのだが、講談社文庫や新潮文庫からバラバラに出ているようだ。だから今までアンテナにかからなかったのだと思うが、シリーズものなのにこういう出版のされかたは珍しいな。