チャイナ・ミエヴィル『都市と都市』

都市と都市 (ハヤカワ文庫SF)

都市と都市 (ハヤカワ文庫SF)

ミエヴィルは短編集『ジェイクをさがして』で、やや苦手意識を持ってしまったのだけど、これは設定が面白そうなので読んでみた。
2つの都市(<ベジェル>と<ウル・コーマ>)が地理的にほぼ同じ位置に存在しており、どちらかの都市に占有されている場合には<完全(トータル)>、その<トータル>はもう一方の都市からみると<異質(オルター)>と呼ばれる。また、両方の都市が混在している場所は<クロスハッチ>と呼ばれる。2つの都市ではそれぞれ異なる言語が公用語として用いられており、住人が着ている服や歩き方などで、彼または彼女がベジェル人なのかウル・コーマ人なのかは明確に区別ができ、<クロスハッチ>では、異なる都市の住人を<見ない>ようにしなければならないというルールが厳然と存在している。もちろん互いに干渉もしてはいけない。…ということを意識してもいけない。
地理的にはすぐ隣の家であっても、<オルター>に属する場所に合法的に行くためには、許可を得た上で両都市の共通の出入口を通らなければならない。また、<見ない>、干渉しない、といったルールを破ることは、<ブリーチ>行為とみなされ、何らかの処罰を受ける。この<ブリーチ>は、その行為だけでなく、それを取り締まる監視者をも指す言葉であり、彼らは警察組織よりも強い権力を持っているようだ。いや、権力というよりは、法の埒外にありながらも、まず第一に尊重されるべき倫理そのものと言えるかもしれない。
この設定の概略を早川書房のサイトや本書の裏表紙で読んではいても、実際に読んでみるとかなり難解で、初めのほうはかなりてこずった。もしこの設定を予め読んでいなければ、途中で投げ出していたかも。
<クロスハッチ>において相手を<見ない>ようにするためには、まず相手を「見る」ことでどちらの都市に属する人物なのかを判断しなければならないわけで、その上で<見ない>ようにするという技能は両方の都市の住人にはしっかりと身に付いているらしい。道路交通はどうなるのだろうと思ったら、<クロスハッチ>においては自動車の型や年式で判断でき、やはり車も<見ない>ようにしなければならない。このあたりは、『一九八四年』の「二重思考」を連想させる。
物語自体は完全にミステリで、主人公の警察官による一人称でややハードボイルドタッチで語られる。しかし上述した設定のおかげで、むしろミステリに越境したSF、という趣。謎解きも、当然この設定があればこそ成立するものになっている。この奇想あればこその細部の面白さやギャグもところどころにあり、主人公が、東西に分断されていたころのベルリンに行ったことがある、などというくだりでは笑ってしまった。
これはかなり読者を選ぶ小説だと思う。ミエヴィルに対する苦手意識は解消されなかったけれど(訳のせいもあるかも)、それでも面白かった。