イアン・マクドナルド『サイバラバード・デイズ』

サイバラバード・デイズ (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

サイバラバード・デイズ (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

初めて読むイアン・マクドナルド
舞台は近未来のインド。この時代、インドは大小いくつかの国に分裂しており、環境の変化によりモンスーンが吹かなくなったため、各国は深刻な水不足に悩まされている。いやもしかしたら、水不足を原因とする内紛によってインドは分離したのかもしれない。
インド亜大陸を構成するそれらの国々では、人々は「パーマー」と呼ばれる手袋型コンピュータと、「ホーク」と呼ばれる骨誘導によって感覚をインターフェイスする装置とで電脳化している。とはいっても、昔ながらの慣習がないがしろにされているわけではなく、これらのようなハイテクとバラモン教ヒンドゥー教の神々とが社会では共存している。
と、ここで連想せざるを得ないのは、サイバーパンクインド神話とをアクロバティックに融合させた本格SFマンガの大傑作、佐藤史生の『ワン・ゼロ』だ。バラモンの神々やインド哲学から着想を得たであろうネーミングやエピソードなど、共通点は多い。なので、この本を読んでいる間じゅう、ずっと一種の感傷のようなものを覚えていた。
この本は前述の世界観を共有する連作集だが、収録順は時系列に沿っているように思う。読み進めるにつれて、この世界の仕組みが徐々にわかっていくようになってもいる。また、前半で登場した人物や起きた事件などが、後半では特に説明もされずに現れたりもする。
以下、各作品について簡単に感想を。

  • サンジーヴとロボット戦士

インドが分裂する過程で起きた戦争のうちのひとつが、この短編の舞台「分離戦争」なのだろう。「ホーク」の原形が、まだあまり洗練されていないテクノロジーとして描かれている。

  • カイル、川へ行く

「ホーク」は、少しずつ進化してきているようだ。この本で欧米人が出てくるのは、この短編だけかも。

  • 暗殺者

これは「美女と野獣」?電脳がらみのハイテクは出てこないけれども、水資源の覇権争いの描写から、この世界では水がいかに重要な意味を持っているかがわかる。

  • 花嫁募集中

この時代では、男女の産み分けが可能になったことにより、男女比が4:1という極端な値になっている。そのため男は嫁探しにやっきになっているという、なんとこれは世にも珍しい、婚活SF(違)。オチは想像がついたけれども、いよいよサイバーパンクっぽくなってきた。
ところで、「お嬢さま」という単語に「メムサーブ」とルビが振られているのは、ヒンドゥー語なのかな?二瓶勉『BLAME!』に出てきた「メンサーブ」という登場人物は、これから名付けらたのかも。

  • 小さき女神

主人公の少女が、いわゆる「憑きもの」体質であるためか、生き神として崇められる対象となる。題名から、しばらくこのエピソードが続くのかと思いきや、意外にも早々に彼女は女神の地位を失い俗界に下る。だが、ここからが面白い。「記憶屋ジョニィ」のインド版か。
遺伝子工学も発達し、受精卵の段階で遺伝子に手を加えるだけにとどまらず、寿命までも常人の約2倍にするという技術が登場する。そのような技術によって生まれた子供は「ブラーミン」と呼ばれる新しいカーストに属するという設定が、いかにもインドらしい。
ラストはなかなか痛快。

  • ジンの花嫁

この世界ではAIがどんどん進化して、ほとんど人間と変わらない知性、「レベル2.9」にまで達している。これが「レベル3」になると、完全に人間を凌駕してしまうらしいので、人間たちは法律でそのようなAIの開発を阻止しようとする。
ありがちなAI対人間、という図式ではなく、むしろ逆で、これはやはりギブスンの『あいどる』か。……どうしても元ネタをすぐ想像してしまうなあ。

主人公は、「小さき女神」で登場した遺伝子工学によって生まれたブラーミンの少年。その出生と父母や兄妹たちとの関係により、まるで運命にもてあそばれているかのように、彼の境遇はころころと変わる。
ここでAIはついにレベル3に達するが、そこにはある秘密が存在し、主人公が果たす役割も大きい。この話がいわゆる「シンギュラリティもの」ではないのがいい。