クリスティーナ・メルドラム『マッドアップル』

マッドアップル (創元推理文庫)

マッドアップル (創元推理文庫)

主人公の少女アスラウグは、母と二人きりでほとんど外界と接触をすることなく、野草を採ったりして自給自足の暮らしをしている。序盤でその母が急死してしまい、孤児となったアスラウグは生前の母と繋がりのある人物を求めてさまよい、なんとか伯母と邂逅することができるが……。という数年前のパートと、アスラウグがその伯母といとこを殺したという嫌疑により裁判にかけられているという現在のパートとが交互に語られる。
ほんとうにアスラウグが彼女らを殺したのか、またアスラウグの母は彼女を処女懐胎したと主張していたが、実際のところは?などなど、物語が進むにつれて裁判による関係者の証言で真実が明らかになることもあれば、新たな謎を生むこともあり、なかなか読ませる。
アスラウグとその母の生活が俗世間のそれとはかけ離れていること、そのためアスラウグの「常識」が一般的な視点からはズレていることにより、アスラウグはいわゆる信頼できない語り手になっている。それに加えて、彼女の伯母といとこはキリスト教ペンテコスト派の教会を運営しており、狂信的な一面もあってやはりその言動には信頼できない部分がある。他の登場人物についても同様で、アスラウグの一人称で語られる数年前のパートは、とくに中盤からは何を信じてよいのかわからなくなり、現在パートの裁判における登場人物たちの主張と齟齬があるようにも思えるが、この物語がいったいどこへ向かっているのかというスリルがあって面白い。
後半はやや強引な感が否めないが、楽しめた。アスラウグが母から教わったことは野草に関する知識にはとどまらず、北欧神話キリスト教の関係、多くの言語、さらには物理学にまでおよぶ。その一方で、電気も通っていない家に住んでいたために、伯母の家で住むようになったアスラウグが電球や電話の仕組みを知ろうとしてそれらを分解するというくだりなど、ユーモラスでありながらも物悲しさを感じさせるエピソードもよかった。