ジェフ・カールソン『凍りついた空 ―エウロパ2113―』

凍りついた空 エウロパ2113 (創元SF文庫)

凍りついた空 エウロパ2113 (創元SF文庫)

木星の衛星エウロパで発見された生物とのファースト・コンタクトもの。
太陽系内の衛星でのファースト・コンタクトというとホーガンの『造物主の掟』を連想するが、この『凍りついた〜』はその足下にも遥かに及ばない愚作。いや、鈍作?まあとにかくひどい小説だった。
タイトルにもあるように2113年が舞台にしてはテクノロジーは今現在のそれに毛が生えたようなもので、特に目新しさはない。まあなくてもいいんだけど。戦争だとか経済的な停滞だとかで科学技術の発展が足止めされたのかもしれないし。って、そういう裏設定みたいな描写はないが。
人間の人格を元にAIを作ることは技術的に可能ではあるが多くの国家では違法とされているとか、疲弊したアメリカに代わって中国が世界の覇権を得ようとしているとか、ふくらませば面白くなりそうな設定はあるけれども、この作者はそういったことを活かすつもりは特にないようだ。まあなくてもいいんだけどど。
作中のところどころに舞台となるエウロパの、探査船が着陸して事件が起きている地点を中心とする地図や断面図が挿入されるが、さてはこのエウロパの地勢や構造が重要な鍵を握っているのだなと思いながら読んでいくとさっぱり関係なさそう。まあなくてもいいんだけどどど。
本編の九割がたは主人公がエウロパの中をはいずり回っているだけで、ビジュアルにしたらそこそこ見られるものにはなるかもしれないが、この文章では特に面白さが感じられず。もうちょっとなんとかならんかったのか。
また、エウロパという、大きさも重力も組成も地球とは全く異なり、共通点といえば液体の水と火山活動が存在するかもしれないことくらいしかない環境で発生したこの生命体「サンフィッシュ」が、まるで地球の生物の類似物にしか見えないというのがなんじゃこりゃ。
サンフィッシュは八本脚のヒトデのような形態で、骨格はないが筋肉が発達しており、水中でも大気中でも呼吸ができるという。えっ、大気?と驚いてしまうが、この小説の中ではエウロパの氷殻と海の間に大気の層があることになっている。まあそういうこともあるかもしれないな、うん。でもぉ、それなりに複雑な体制をもつ生物のそれも大群の存在を可能にするほどの炭素や窒素、鉄などの元素がエウロパには豊富にあるのだろうか。またこのサンフィッシュは雌雄で生殖し、人類の技術で解析できるDNA構造を持っている。おまけにテロメアの長さでもってサンフィッシュのライフサイクルを大ざっぱにせよ見積もったりもしているが、そういう地球型の発想が異星でも通用するものだろうか。
この作者は、どうも発想が貧困というか、柔軟さに欠けるというか、SF作家にとってもっとも重要な資質の一つであるはずの想像力に乏しいような気がする。いや、乏しい。
ストーリーもひねりのない一本道で、基本的には「アタマがいいサンフィッシュをころすなんてカワイソー」という、クジラやイルカを殺すのはケシカランという独善的な"ヒューマニズム"を押し付ける薄っぺらい物語でしかない。そこに、うわべだけのフェミニズムっぽいものや、浅薄な政治観をところどころにぶちこめば、出鱈目エスエフ小説の一丁あがり。いきなり発情してイチャつき始める乗組員たちの恋愛模様なんかもかまして、ますます安っぽいB級SFアクション映画のノリに。
と、かなり毒づいてしまったが、この程度のつまらない小説にとどまっているならば、さすがのわたしでもこうまで悪し様には言わない。より問題なのは作者の差別意識(人種、第三世界、性に対する)が散見されることと、テクノロジーを都合のいい道具として扱う安直さ(敵対する勢力の暗号は解読できるが、主人公たちの暗号は決して破られることがない)、そして「優れているもの」と「劣っているもの」を線引きする独善的で紋切り型の姿勢だ。物語としてのこの小説の出来不出来よりも、批判されるべきはこの作者のおそらくは無自覚な幼稚さとそこに潜む危険性だろう。