アンドルー・H・ノール『生命 最初の30憶年』

生命 最初の30億年―地球に刻まれた進化の足跡

生命 最初の30億年―地球に刻まれた進化の足跡

著者はNASA宇宙生物学の研究者でもあるのだが、なるほど数十億年前の地球というのは現在から見れば地勢も大気や海洋の化学的組成も大きく異なるいわば異星なわけで、古生物を研究することは地球外生命を研究することに等しいわけだ。また、進化というと主に体制や生態の進化のことを中心に考えてしまいがちだが、代謝と、それを実現する酵素や膜などの化学的な進化も含めて考えるべきだ、ということに気付かされた。化石や岩石の年代測定もずいぶんと進歩したようで、数億年プラス・マイナス数百万年、なんていう精度でわかるらしい。しかし、高校時代に化学はどうも好きになれなかったせいもあって、ややとっつきにくかった。
例の火星由来の隕石が巻き起こした騒動についても詳しく述べられている。そもそもなぜあの隕石が火星から飛来したということがわかるのかが疑問だったのだけど、これを読んでその理屈がやっとわかった。この火星生命論争以外にスノーボールアース仮説に対しても著者はどちらかというと保守的な態度をとっているのだけれど、むしろそういう人のほうが信用できる。
カンブリア爆発のメカニズムについては、かなりのことがわかっているようだ。一方、エディアカラ動物群についてもある程度定まった見解が得られるかと期待していたが、これについては著者はあっさり「わからない」と認めていて、正直少し残念だった。まあ、わからないものは仕方がない。
ところで、この本でもそうだが、ザイラッハーやグールドなどいわゆる大御所の説が最近になってことごとく覆されてきているように思う。これはこれで健全なことで、古生物学が学問として成熟しつつあるということなのかもしれない。
余談だが、この著者はかなり文学的な指向が強いようで、なかなか凝った表現を好んでする。この手の本では古典文学を引用するのが多いけれど、ジュリアン・バーンズを引用する古生物学者というのは初めて見た。