機本伸司『神様のパズル』

神様のパズル (ハルキ文庫)

神様のパズル (ハルキ文庫)

またも出張中に読むものがなくなったので、半ばやけくそで買った。ハルキ文庫、マンガチックなカバー絵と不安要因はあるものの、小松左京賞(こんな賞があるとは知らなかったが)受賞作、解説が個人的にはやりの大森望ということで。
感想は…結論から言うと、箸にも棒にも掛からない愚作であった。
物理学部の学生が卒業研究として選んだのは「宇宙を作ることはできるのか」というテーマ。研究の相棒は、母親が優秀な精子を買って人工授精で生まれた天才少女という、どこかで聞いたことがあるようなキャラクター。
このストーリーだと普通はSFという分類になるのかもしれないが、SFとしての体をなしていないどころか、そもそも小説として、いやそれ以前にこの作者の日本語の文章がおかしい。駄文とかいうレベルではなく、理系人間でたまにいる、日本語に見えて実はまったく違う言語で会話しているという宇宙人タイプ。主語を省略してしまうと意味が通じなくなるときでも省略したり、おそらく作者の頭の中では会話として成立しているのだろうが、妙に省略するかと思えば唐突に凝った言い回しが出てきたり、地の文も会話文も、言うなればとても自分勝手な文章。主人公の日記という形式も、あまりにも酷い文章力をカムフラージュするための小細工ではないかと勘繰ってしまう。「文庫化にあたり大幅に加筆訂正」したとあるが、その結果がこれなのか。
当然内容もお粗末。主人公は物理学部の大学生のくせに、相対性理論量子力学もさっぱりわからないと言ってはばからない。いくら大学生の学力が下がっているとはいえ、さすがにこれはないだろう。しかもこの大学は、例の天才少女を飛び級で入学させているし、彼女が9歳(!)のときに完成させたという基本理論にのっとった加速器を、たぶん国と共同で建造できるくらいなのだから、かなりレベルは高いはずだ。
天才少女は、加速器で得られる程度のエネルギーでもって宇宙を誕生させる、つまりビッグバンを起こす方法を発見する。その方法をアルゴリズム化してコンピュータ・シミュレーションを行うわけだが、主人公達はビッグバンそのものよりもむしろシミュレーション宇宙の中での生命活動をのぞき見ることに夢中になってしまう。シミュレーションの目的がいつのまにか生命と知性の発生にすり替わってしまっているわけだが、作者自身もそのことには気づいていないようだ(このシミュレーションの内部に発生した知性がビッグバンを起こして自滅するというエピソードがあるのだが、これを発展させればせめてありがちなSFと呼べる程度にはなっていたかもしれない。鈴木光司の『ループ』みたいな)。
ところでこの天才少女の理論は簡単にいうと、光子を光速以下に減速させると大きさを持つようになり、これが場の正体だという。これは、もっと上手く書けばワイドスクリーン・バロック的な面白さが得られると思うのだが、ちょっと残念だ。
このシミュレーションのプログラムの容量はエクサバイトの規模があるそうだが、そんな超々巨大なプログラムをいくら天才とはいえ一人の人間がたった数日で作るのはどう考えても無理だろうというのは置いておいて、SETI@homeを参考にしたと思われる分散化コンピューティングで実行するためのリソースを集める方法が問題。なんと、エロサイトを作ってそこにアクセスしにきたユーザのマシンにこっそりインストールさせるというのだ。それまでは青春小説といってもいい、むしろ甘ったるいくらい話だったのが、ここに来て一気にダークサイドへ突入。そのエロ画像というのが主人公が自作した片思い相手の女子学生のアイコラだったり、この天才少女を盗撮した画像がネットに流出するとか、建設中の加速器を使ってビッグバンを起こすという全宇宙道づれの無理心中を図ったりとか、トーンが一貫していないというか、とてもちぐはぐな印象。
そんなわけだから解説者もさぞ困るだろうと思ったが、さすが老獪というか、この作品の本質には言及せずに、さりげなくイーガンやバクスターを読め、と言っている。でも、こんなのの次にイーガンを読んだって、ジャンクフード漬けの味オンチにいきなり懐石料理を食わせるようなもので、量が少ないとか味が薄いとか言われるだけなんじゃないの。
ひとつだけ、この小説もどきの中で面白い表現があった。

途中、"むげん"のクロスポイントを見上げ、何故あんな大きい加速器が"器"で、こんな小さい田植え機が"機"なのかが疑問に思えてきた。

はい、そうですね。