マイクル・コーニィ『ハローサマー、グッドバイ』

ハローサマー、グッドバイ (河出文庫)

ハローサマー、グッドバイ (河出文庫)

サンリオSF文庫から出ていたのは知っていたけど、読んではいなかった。今回の山岸真訳による復刊も、「恋愛SF」という言葉に引っかかったものの、いや夏のうちに読んで良かった。というか、これは人として読んでおかなければならない類いの小説。
冒頭に「作者より」という前書きがあり、そこには「恋愛小説であり、戦争小説であり、SF小説であり、さらにもっとほかの多くのものでもある。」とある。ずいぶん風呂敷を広げるなあと思ったが、読み終わってみれば、確かにその通り。それどころか、始めに予想していたよりも、「もっともっとほかの多くのもの」であった。
「恋愛SF」とか「青春SF」というと、どうしても「恋愛」や「青春」のほうに重きが置かれていて、SFはそれらを演出するためのちょっとしたスパイスでしかなかったりするのだが、確かにこの小説でも一時的にそのような偏りを見せるものの、全体を通してみれば全ての要素が満遍なく取り入れられている。30年以上も前に書かれたとは思えないくらいに新鮮だし(というか、古びてしまいそうな要素を慎重に避けてエバーグリーンな小説として読み継がれるように意図して書かれたように思える)、ひとつとして余計な文章もなく、全てのエピソードはこの小説において必要不可欠だ。訳者の解説によると、作者はこれをわずか3週間で書いたというから、ものすごい筆力だ。
主人公は、知力では両親をしのいでいると感じているために庇護者に対する消極的な反抗をするような、同年代の友人達からなんとなく疎外感を覚えているような、いわば精神的に早熟でナイーブな少年。かつてはそういう少年だったという者が読んでいるので、感情移入の度合いが申し分ない。そんな少年が、美くしくて性格も良いがちょっとだけ焼きもちやきという絵に描いたようなヒロインと結ばれるというくだりでは、ハッピーにならないはずがない。だがその幸福な期間は当然のように長くは続かず、ひたすら昏くて悲惨な様相を呈する後半とのコントラストを強調する。登場人物も多すぎず少なすぎず、脇役のキャスティングも見事で、特にツンデレ少女の「リボン」にはやられた。
「作者より」にある通り、ところどころ絶妙なタイミングで戦争に関するエピソードやSF的な要素が織り交ぜられる。一見それらは本筋には関係ないようにも思えるものの…ラストでは、「おおおおお」と叫んでしまった。部屋で一人で読んでいて本当に良かった。恋愛と青春と戦争とが、天文学的スケールの出来事と相関するなんて、まさにSFならでは。片っ端から読んではいちいち感動していた小・中学生時代に戻ったかのような新鮮な読後感だった。
ところで、こういう完成度が高くてきっちり完結している小説の場合は続編はなくてもいいと個人的には思うのだが、訳されていないだけでちゃんと続編があるそうだ。そうと知れば読みたくなるもので、しかもこの本の売れ行き次第で翻訳されるかもしれないという。これはぜひ売れて欲しい。甘い雰囲気のカバー絵も、これで売れてくれるなら万万歳だ。『銀河ヒッチハイクガイド』シリーズのときもそうだったし、なんだかんだいって河出書房はやってくれると信じてます。また、やはり河出から出るはずのイーガンの新訳を早く読みたいのもやまやまなんだけど、訳者にはこの続編もぜひ訳して欲しいところ。