伊藤計劃『ハーモニー』

ハーモニー (ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)

ハーモニー (ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)

この小説では、社会背景として「生命主義」なるものが導入されている。世界的な混乱を機として資本主義が崩壊し、災厄の反動で個人の生命を過剰に尊重することを目的として医療や福祉をドグマとすることにより成立する社会を外挿している。現在のいわゆるエコロジー志向がエスカレートすれば、今日的なテクノロジーをほんの少しだけ後押しすることで、すぐにでもそのような世界に移行するのではないかというリアリティがある。
また、個人の価値を社会全体から相対的に見た「リソース」という言葉で表したり、酒、タバコ、コーヒーといった嗜好品は本来生命活動に必須のものではなく、従ってこれらを摂取することは「リソース」を害するリスクを増大するので悪であるとみなされるという倫理観など、本書に登場する多くのエピソードが指し示すものは、『1984年』のような全体主義人類補完機構シリーズのような欺瞞に満ちた管理社会とは似て非なる、ゼロ年代的なディストピアであると言えるかもしれない。今まさに自分が感じているような社会に対する閉塞感を、見事に代弁してもらったような気がする。
ところで、褒めるにせよ貶すにせよ、感想が作者に伝わる可能性が全くないという状況は残念なことこの上ないので、特に現役の作家の本はなるべく積まずに読むようにしないと。