カント『純粋理性批判』入門

カント『純粋理性批判』入門 (講談社選書メチエ)

カント『純粋理性批判』入門 (講談社選書メチエ)

例によって始まりは素数だ。いつだってそうだ。まあ、たいていの場合は。
「593が素数であることを、どうやって確かめたらいい?」今年大学の経済学部に入学したばかりの甥からの、切迫した問いであった。「593という数が彼方側の宇宙に属する暗黒整数でない限りは、我々の側の数論が有効であり、従ってエラトステネスの篩にかけることによって検証が可能であるだろう」もちろんこの言葉どおりではなかったが、概ねそのような回答をしたのであった。
ところでこの数学史上特筆すべき高度な難問に極めて類似した問題が、如何なる偶然のなせる技か、「593は素数である。そのことを確かめよ。 この数学の問題を解いてください。- Yahoo!知恵袋」にて示されており、しかも回答が与えられている。ちなみにこの質問者が投稿した他の質問を見ると、「私は大学生です。今興味のあることについて作文を書かなくてはなりません。原稿用紙5枚です。誰か下書きしてください。」という想像を絶する難問があり、さらに驚嘆すべきことには、回答までが寄せられている。異常なまでに肥大し他の先進諸国に比べてあまりに高度になりすぎた現在の日本の教育制度の実情に、しばしぼう然とする私であった。なお、鶏の飛翔能力と大差ない我が甥の名誉のために申し添えておくならば、これらの質問は彼本人によって投稿されたわけでは決してない。なぜならば彼には、自らに求められた課題を解く手がかりをインターネットを通じて不特定多数の人々に求めるという今日的な手段など、想像の範疇にないからだ。
ぼう然としていたのもつかの間、数日後甥から次なる苦悩の迸りが到来したのである。曰く、「哲学でカントを勉強しているのだが、教科書に何が書いてあるのかさっぱり理解できない」。高校で哲学を勉強しなかったのか、と訊くと、さっぱりやっていなかったという答えが返ってきた。驚くにはあたるまい。むしろ批判されるべきは大学の教師のほうであり、ギリシア哲学や論理学を飛び越えていきなりカントとは、何たることか。如何に今日の大学生が超優秀であるとはいえ、非常識にも程がある。
とはいえ優しい伯父としては、彼のほむらの如くに燃え盛る向学心をさらに高揚することこそが責務であると考え、たまたま積ん読してあった本書を奨めたのである。またそれだけにはとどまらず、教科書だけではなく本書のような参考書や周辺図書などを用いることによって効率良く学習するという方法が存在し、またそれらの書籍は一般書店のみならず君が通っている大学の図書館にもおそらく常備されておりなおかつ無料で読むことができるのだただし貸し出し期限があるけどね、という超々ナイスな助言を与えるという、我ながら激しくグッジョブでくぁwせdrftgyふじこlp。
……というわけで、奨めるだけで自分は読まないというのでは面目が立たないしちょうど良い機会なので読んでみた。wikipediaの記述と比較するとかなり端折っているようだが、入門書としてはポイントを絞っていてむしろこのほうが良いだろう。語り口も軽妙で面白い。
カントの哲学そのものは、知覚や認識というものを自然科学の成果から切り離して考えることはもはやできない現代人から見るとさすがに色褪せて見えるのだけれど、肝の部分は相対主義や科学哲学に受け継がれているんじゃないだろうか。
たぶん甥が理解できないというのは、この哲学書独特の文体に馴れていないせいであって、決して手も足も出ないというわけではない。と思いたいところではある。