トバイアス・S・バッケル『クリスタル・レイン』

クリスタル・レイン (ハヤカワ文庫SF)

クリスタル・レイン (ハヤカワ文庫SF)

いわゆるアドベンチャー・ゲームであるところのMYSTがそれはもう大好きで、今まで全てのシリーズを遊んできたが、そのMYSTのクローンとも呼ばれる「スキズム」というゲームがあった。MYSTに比べると知名度はカスみたいなものだが、続編がアナウンスされてお試し版までリリースされたものの結局開発が中止になるという、非常に不遇なゲームであった。
ビジュアル面ではMYSTパステル調でニューエイジ的、今で言うLOHASな雰囲気がするのに対して、スキズムは全体的にビビッドな色合いでオブジェクトのデザインもSF調のものが多く、ちょっとだけギーガーを意識しているようなフシがあった。謎解きについては、MYSTは論理的かつ緻密で、きちんと筋道を立てて考えれば必ず正解に辿り着くようにできていたが、スキズムは徒に難解にしている感があって、早々に自力で解くのは諦めてネットのお世話になったのであった。確か、発売元の公式ページに完全にネタバレのWalkthroughが載っていた。
この『クリスタル・レイン』のカバー絵がまさにそのスキズムの雰囲気で、色合いといい浮遊感といい、同じ人がデザインしたのではないかと思えるほど。ということで、懐かしさもあってこの本を読むことにしたのであった。まる。















で終わるのはあんまりなので一応内容にも触れておくか。
小説家というのは、自分が今まさに書いている物語の面白さがどの程度なのか、判断できないものなのだろうか。筒井康隆はエッセイで、作家は自分の作品をある程度客観的に評価できる、というような事を書いていたが。この『クリスタル・レイン』の場合、基本的なアイディアはまず置いておくとして、風景や人物の描写がとにかくつまらない。テンポを良くするためか比較的短い章からなっており、各章の最後では概ねキメの文章で終わることが多いものの、このキメがもうスベりまくり。カットの最後を決め台詞で締めるという、映画的な手法を意識したのかもしれないが、この小説の場合はいちいちキマラナイんだなあ。
舞台が山、海、都市、極寒の極地とバラエティに富んでいるのも、映画的というか視覚的に変化を持たせるためかもしれない。だが、例えば極地の描写においては、シモンズの『ザ・テラー』のようなまるでそこに行ってきたかのような臨場感に乏しく、説得力がない。平らではない氷の上で木製の橇を引くのは、重労働のはずだ。戦闘シーンもありきたりで迫力に欠ける。本書の冒頭には舞台となる惑星の地図が載っているが、読み終えてみると、この世界に地政学な仕掛けや謎があるわけではなく、単に文章からだけでは地理的なイメージが掴めないであろうと編集部が判断したためと思われる(単にそう思っただけなので、邪推かもしれないが)。
地球人が舞台となる異星に植民して数百年、過去の知識やテクノロジーは忘れられてしまい、ナナガダとアステカの二つの勢力に分かれて争っている。二つの勢力は巨大な山脈によって遮られていたので全面戦争は今まで避けられていたのだが、アステカがその山脈に秘密のトンネルを穿って侵攻を開始するところから物語は始まる。アステカは数百年かけて極秘にトンネルを掘り続けていたようだが、互いの陣営にスパイを送り込んでいたり二重スパイの存在も公然の秘密となっているのに、このトンネルの存在がその間ナナガダ側に漏れなかったとは思えないが。激しい侵攻を受けているナナガダ側は、もうほとんど伝説となっている過去のテクノロジーの遺物に一縷の望みをかけて極地へと探検隊を送りだすのだが、本土決戦のまっただ中に実在すら怪しい上に実際のところ何であるのかもはっきりしないようなシロモノを求めて探検を実行するというのも、腑に落ちない。
まあその遺物、つまり宇宙船は実在したわけだが、その使い方がまたおかしい。各戦闘地域を移動して、アステカの神官を生け捕っていくだけなのだ。移動手段といえばせいぜいが蒸気船や飛行船であるようなレベルの文明に、そこそこの人員を収容できてAI並みのコンピュータを搭載している恒星間宇宙船が齎されたんだから、もう少し使い道というものを考えてはいかがなものか。しかも終盤ではナナガダ側の主導者は、休戦とアステカの戦士が自分たちが元いた場所に戻ることと引き換えにアステカの神官を解放するだけでなく、捕虜となっていた自国民がそのままアステカ側に連れ去られることを許諾してしまう。この主導者の無能ぶりはそれまでにも何度となく示されていたが、流石にこれはマヌケすぎるだろう。
ワームホールを利用して異星に植民したという経緯、植民世界に異星人が存在し「神」と呼ばれて畏れられていること、その異星人のさらなる流入を防ぐためにワームホールを破壊し、結果として文明が19世紀のレベルにまで退行したこと、しかしかつてのテクノロジーはまだ動作する状態で存在しており、適当な努力さえすればいつでも手に入る。これらのアイディアをうまく組み合わせて無駄なサイドストーリーを整理すれば、それなりに面白い話になったと思う。さらに、ナナガダというのはどうやらカリブ海地域を源流とするようで、人々はラスタヘアにしていて「ロア」や「サムディ男爵」といった言葉も出てくる。この設定をもっと上手く使えば物語の深みも増すはず。ボリュームも、この半分くらいが妥当なところか。ちなみにタイトルの「クリスタル・レイン」は、極地に行って初めて雪を見たアステカのスパイが言った言葉「水晶の雨」による。一度っきりしか出てこない上に、本筋とはあまり関係ない。
というわけで、久しぶりに箸にも棒にもかからない駄作に巡り合ったわけだが、つまらなければつまらないほどこのように感想が長くなるという不思議。