ジャック・ケッチャム『隣の家の少女』

隣の家の少女 (扶桑社ミステリー)

隣の家の少女 (扶桑社ミステリー)

ジャック・ケッチャムという作家の存在は知っていたし、作風についてもなんとなく聞き知ってはいたが、今まで読んだことはなかった。友人から、この作品が映画化されるという話を聞いて映画のサイトを見てみてみたら、トップページがいきなりショッキングな画でたじろいだ。しかしいざ読み始めてみれば、物語にぐいぐい引き込まれて、中盤からは一気読み。
「救いがない」とか「残酷だ」などということは読む前からわかっているし、結末もこうなるしかないだろう。だから読んでいてそれほど恐怖や嫌悪感は感じなかったというか、いや実際には感じたわけだけど、それよりも誤解を恐れずにいえば、一種の文学的感動を得た(この小説が実際に起きた事件に基づいているとしても、創作された作品は事件とは別物)。酸鼻を極める描写にはどこか冷徹な美しさがあるし、主人公の周囲にいる人物たちが次第に壊れて行く様子がよく描かれている。だが何よりも恐ろしいのは、自分自身がこの小説に出てくる人物のうちの誰かになっていたかもしれない、という可能性について考えざるを得ないということだ。デイヴィッド、メグ、ドニー、そしてルースですらも。
この小説には、闇の中にほんのかすかだが光が射している。しかしむしろ、それこそ本当に救いのない、希望のかけらも見当たらないようなケッチャムの小説を読んでみたいと思った。