ダン・シモンズ『ヘリックスの孤児』

ヘリックスの孤児 (ハヤカワ文庫 SF シ 12-9) (ハヤカワ文庫SF)

ヘリックスの孤児 (ハヤカワ文庫 SF シ 12-9) (ハヤカワ文庫SF)

表題作と「アヴの月、九日」は既読。でもそれ意外のやや長めの短編群もとても良かった。特に最後の二篇、「カナカレデスとK2に登る」と「重力の終わり」がいい。
カナカレデスって誰ぞ、と思ったら、異星人の名前だった(同姓の女優が実在するが、たぶん関係ない?)。先日観た『第9地区』はエビだったが、こちらは「カマキリモドキ」とか「虫」などと呼ばれている。でもこの異星人が、見た目は異質だけどとても人間ぽい。『ザ・テラー』もそうだけど、この話は題名のとおりK2に登山する話で、シモンズはやはりこういう極限状態の描写がとても上手い。しかし、三人の地球人と一人の異星人が一緒に山登りをする話がすんなりと違和感なく読めて、しかもちゃんと人間ドラマになっているのが、シモンズの力技のすごいところだ。「重力の終わり」は、舞台がロシアというか旧ソ連だからか、なんとなくスターリングの短編を思い出した。
全体を通してみて、シモンズ作品に共通するテーマがなんとなく見えたような気がする。それは、人間、いや知性、いやすべての生命は共感し合っているというか、その共感する能力を持つものこそが生命だとでもいうような、ある種の汎生命論的な概念ではないか。ま、正直なところ、このへんがやや鬱陶しいというか説教臭いなあと思わないでもないのだけど。それでも、これらの作品の根底にある迸るようなエネルギーは、自分に欠けている何かを与えてくれる。
各短編に作者自身による解説、じゃなかった前書きがあって、これがまた面白い。よほどのファンじゃないと楽しめないかもしれないが。「アヴの月、九日」の序文が、2001年9月1日に書かれているというのも興味深い。もしもこの十数日後に書かれたとしたら、どのようなものになっていたのだろう。
ところで、今回は酒井昭伸じゃないほうの翻訳者もわりと読みやすかった。『ザ・テラー』は長編だからキツかったけど、短編なら大丈夫のようだ。