マイクル・フリン『異星人の郷』

異星人の郷 上 (創元SF文庫) (創元SF文庫)

異星人の郷 上 (創元SF文庫) (創元SF文庫)

異星人の郷 下 (創元SF文庫) (創元SF文庫)

異星人の郷 下 (創元SF文庫) (創元SF文庫)

作者の名前に聞き覚えがあるなあと思ったら、ニーヴン、パーネルと一緒に『天使墜落』を書いた人だった。
ペスト渦まっただ中のドイツの村に、異星人の宇宙船が墜落。実は人類はとうに異星人とファーストコンタクトをしていたというわけだ。いっぽう現代では、「統計歴史学者」がその村に通常ではありえない例外を見いだしており、またそのプライベートなパートナーである理論物理学者は、まったく新しい宇宙論を着想していた。14世紀のドイツと21世紀のアメリカ、それぞれの時代と場所におけるエピソードがどう絡んでくるのか、という設定だけでもうワクワクしちゃう。のだけど、ちょっと中世のパートが間延びしていたのと、後半の展開が慌ただしすぎて、やや残念。
中世パートの主人公はその異星人たちと、過去が謎に包まれた元学者の神父。もちろん当時の中世では天動説が主流だったし、電気といえばコハクを毛皮でこすったときに生じる静電気くらいなもので、要するに現代でいうところの自然科学はまだタレスデモクリトス、エウクレイデスといったギリシア時代のレベルからあまり前進していなかったと思う。そこに、恒星間航法(というのとはちょっと違うけれど)をものした異星人が現われるわけだが、意外に話が通じている。というのは、その神父が元が学者なのでラテン語ギリシア語に通じているという設定と、現代の科学用語の源流がそのあたりにあるということを作者が上手く利用しているのだが。このへんは、SF的にも面白い。
わりと早い段階で、異星人と村人たちの交流が普通に行われるようになり、異星人の中にはキリスト教に帰依して洗礼を受ける者も現われる。高度なテクノロジーを持ってはいても、超越者に救いを求める気持ちは知性を持つ生命体に共通のものなのかもしれない。他にも彼らがキリスト教に救いを求める理由があって、それは次第に明らかになっていく。ただし、彼ら異星人の外見は「悪魔」にそっくりであり、そのせいで一部の村人からは最後まで受け入れられなかったりする。
「統計歴史学」というのは初めて聞く言葉だが、歴史学統計学を応用し、気候、経済、地形などのパラメータを元にシミュレーションを行い、住人の移動や社会の変化について考察するという学問らしい。現代パートの主人公のひとりトムは、そのシミュレーションの最中に、ドイツのある地域だけが変則的に人々が定住していないことに気がつく。もちろんその場所は例の異星人の村なわけだけど。彼は手に入るあらゆる資料を元にその理由をつきとめようとするのだが、それが異星人の宇宙船が墜落したせいだ、なんてふつーわからないよなー。でもそこをなんとかするのが、SFの醍醐味。疫病との関連で『タイムスケープ』とか、『星を継ぐもの』などミステリ要素の多い作品なみの剛腕を期待したのだが、さすがにそこまではいかなくて、ラストの無理矢理感はぬぐえなかった。その解決にはトムのパートナーのシャロンが一役かっているのだが、ベイリーやホーガンみたいに新たな宇宙論をでっち上げなくてもよかったんじゃあないか。中世パートではオッカムが登場するが、彼の剃刀で削いじゃってもいいくらいだ。
また前述のように、中世パートはちょうどペストがヨーロッパに広まった時期だ。必須アミノ酸の欠乏により異星人たちがゆっくりと死んで行く中、村人たちもあっという間にばたばたと倒れて行く。ここも一つの山場なのだが、コニー・ウィリスドゥームズデイ・ブック』と比べてしまうと、やはり少々色褪せて見える。
と、基本アイディアはとても良いのだが、個々のエピソードでは先達にはかなわず、つい比較してしまうためかツボにはまらなかった。シャロン宇宙論を除けばそんなにハードではないので、むしろバリバリのSFファンではない人のほうが楽しめるのかもしれない。