アダム=トロイ・カストロ『シリンダー世界111』

シリンダー世界111 (ハヤカワ文庫SF)

シリンダー世界111 (ハヤカワ文庫SF)

うーむ、初めて聞く名前だ。しかし設定をみると、「直径千キロ、長さ十万キロにおよぶ巨大構造物で……」。この設定だけでもう読むしかないだろう。弐瓶勉の諸作品や、ジーターの『垂直世界の戦士』のような雰囲気を期待したのだ。
と勢い込んでみたものの、見事に肩透かしを食らった。これはSFというよりはミステリなのだ。しかも設定がそれほど活かされていない。
こういう円筒形の構造物というともちろんスペースコロニーがまず思い浮かぶわけだが、この世界は趣きがやや異なっている。自転することによって遠心力による擬似重力を発生させているのは同じだが、主な居住空間が内壁ではなく中心軸の表面にあるのだ。その中心軸には主に人類と、<AIソース>と呼ばれる『ハイペリオン』シリーズにおける<テクノコア>のようなAIの集合体によって創りだされた「ウデワタリ」という生物が住んでいる。前述のように擬似重力は中心軸から外側に向いて働いているので、ウデワタリはその鋭い爪で中心軸にしがみつくように、人類は中心軸にぶら下げられたテントに住んでいる。
この時点でいくつかの疑問が湧く。まず、ウデワタリと人類の生息地である中心軸付近では、作中の描写から、1Gに近い重力が働いているようだ。遠心力は中心からの距離に比例するので、仮に中心軸の半径を1kmとすると、中心軸から500km離れた外壁における遠心力は約500Gにもなる。この力と気圧に耐えられる素材は果たして存在するのか。また、中心軸から落下すれば間違いなく緩慢な死が待っているという状況で、人類が無防備にも中心軸からぶら下げられたテントに住んでいるという設定も無理がある。まあこの設定が事件に深くかかわっているのではあるが、トリックありきで強引に作られた設定であるという印象はぬぐえない。
さらにこの構造物の長さ方向への巨大さについてはまるで言及されていない。直径の100倍もあるのに。これがたとえば、奥に進むほど空間の曲率が大きくなるので円周率の値が変化する、なんていう設定でもあれば面白いのに(さてこれの元ネタの作品は何でしょう?)。
序盤で主人公に関するわりと大きめの風呂敷が広げられていて、それが後半になるまで畳まれる気配がないのでやきもきしたが、この謎も含めて事件は一応解決する。大きな事件は2つあって、そのうちの1つはそれこそ手垢がつきまくったネタで、これはおれでも読めた。
もう片方の謎解きは、この構造物の性質をわりと上手く利用したそこそこSF的な解決が用意されているのだが、いかんせん軽すぎる。これはこの構造物の世界観や生態系の描写に深みを与えられない、作者の力量不足だと思う。全体的に文章が魅力に乏しく、SFやハードボイルド小説のクリシェが頻出するので白けてしまうし。訳者は小野田和子でおれはこの訳者をかなり評価しているのだけど、いったいどうしちゃったの?というくらいの残念な出来。それに、この内容で500ページ超というのは長すぎで、余計なエピソードも多すぎる。中盤をバッサリぶった切ってしまえば、もっと面白くなったかもしれない。しかしそんな冗長なエピソードの中にも重要なヒントがあったりして、斜め読みするわけにもいかない。実は後半は結構駆け足で読んでしまったので、もしかすると美味しいところを読み飛ばしている可能性もなきにしもあらず。
オビには『リングワールド』と比較するかのような言葉が書かれているが、これはたいへん失礼なことだ。だれが書いたか知らないけど、ニーヴンに謝れ。
ただ、フィリップ・K・ディック賞を受賞したというのは、ある意味納得。