カズオ・イシグロ『わたしを離さないで』

わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫)

わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫)

映画がとてもよかったので、滅多にしないことだけどさっそく原作を読んでみた。
主人公のキャシー・Hが自らの人生を語るという独白形式だからか、文章が軽いのがまず意外だった。しかしこの独白があくまでも淡々としており、まるで他人の人生を語っているかのよう。だがこの穏やかでどこか醒めたところがある語り口が、この物語に隠された「謎」ととても深いところで連関している(「謎」といっても、もう映画が公開されているし、先日NHKでやっていた番組ではもうすっかり100%ネタバレしてしまっているし、解説によると作者はこの件について明らかにしても構わないという旨の発言をしているようだ。でもやっぱりはっきりと書くことはなぜか憚られるな)。
また異常なくらいに細部の書き込みというかキャシーの語りが徹底していて、(それが真実だったのかどうかは別として)彼女の記憶のとても細かいところまで鮮明に描かれている。かつ、この細部がメタファーに満ちており、やはり「謎」自体が持つ冷酷さをいやでも気づかされ、静かな興奮とでもいうべき感覚をおぼえる。
あと、ヘールシャム時代のエミリ先生とマダムの役割が、映画とはかなり異なっている。個人的にはこちらのほうが好きだし、彼女らとの会見の後でトミーが発した一言にも共感できる。