ポール・メルコ『天空のリング』

天空のリング (ハヤカワ文庫SF)

天空のリング (ハヤカワ文庫SF)

あーっ、原題は"SINGULARITY'S RING"じゃないか。この小説はいわゆるシンギュラリティものじゃあないけれど、そのキーワードが題名にあると気づいていれば読まなかったのに。
主人公というか主人公達は、5人でひとつの感情や記憶を共有する「ポッド」と呼ばれる小集団。彼らの遺伝子は改変されており、手首や首筋にポッドの構成員とインターフェイスするための器官をもっている。そのメカニズムについては詳しい説明がされていないが、どうやら手首を触れ合うことで思考や記憶を伝達し、首筋からは感情に応じたフェロモンを噴出するらしい。ポッドは2人または3人が主流なのだが、この主人公ポッド「アポロ」のように5人組というのは非常に珍しいという設定。
また、ポッドに属さない個人は「独人」と呼ばれる。この物語の数十年前に、AIと融合したほとんどの人類が一斉に姿を消すという事件が起きたらしいのだが、独人はこの事件の生き残りのようだ。そして赤道上の軌道には、そのAIと消えた人類が残した、今は無用の長物となった「リング」が存在している。
これらの設定、つまり、複数の人間がひとつの人格を形成している、人類のほとんどが特異点を超えて消失した(らしい)ために荒廃した地球、そして軌道上のリングというのは、それぞれは決して目新しいものではないけれども、組み合わせは面白いと感じた。人類の消失と軌道リングなんて、まさにダン・シモンズの『イリアム』『オリュンポス』の雰囲気だ。
で、「アポロ」の5人というか1組というかは否応なく冒険に巻き込まれるのだが、それは世界の命運を左右する大きな事件へと発展していくのであった、という王道パターン。
しかし余計なエピソードが多すぎて、最後までノリきれなかった。せっかく軌道リングと軌道エレベータという魅力的な構造物が出てくるのにリングは第2世代のAIが休眠していた施設にすぎず、中は空っぽ。まあそれはそれでもいいのだけど、軌道リングから地表に脱出した先がアマゾン川流域で、ここで魚採りや独人の老人とのやりとりに大枚を費やしたわりには、そのあと北米へ逃れるために大陸間道路を移動した経緯はとてもあっさり書かれているだけ。荒廃した地球の描写としては、アマゾン川をボートで遡上するエピソードよりも、南米からカナダへまでも至る大陸間道路やその交通システムなどのほうがよほど魅力的だと思うのだが。
また、事件の黒幕の人物が、初登場時にはトマト畑の面倒を見ているだけのしょぼくれた独人にしか思えず、とても世界征服を目指している人物には見えない。あと細かいことを言えば、宇宙空間での訓練中に登場人物たちがやたらとゲロを吐くのだが、宇宙での作業を目的として遺伝子を改変しているなら内耳の働きも改良しろよとか、加速度の導関数は時間てなんだそりゃとか、いろいろと突込みどころがある。
最後はちょっぴり痛みが残る大団円というところで、まあ予定調和ではあるけれども一応のカタルシスは得られた。この小説は作者のデビュー作ということで、かなり頑張って色々と詰め込んじゃったのかなあと思わないでもないが、最後で上手くまとめたことは評価できる。この作者の次の小説が出たとしたら、読むかどうかは微妙なところだが。