ジェイムズ・ボーセニュー『キリストのクローン/真実』

キリストのクローン/真実 (創元推理文庫)

キリストのクローン/真実 (創元推理文庫)

これはひどいや。笑っちゃえーあっはっはっはっはぁ。
進化の果てに肉体を捨てて精神だけの存在となった異星人。彼らは肉体を持たないのでもちろん死を超越しているし、精神は光速度の制限を受けない(らしい)ので宇宙のどこへでも瞬時に移動できるし、それどころか時間さえも自由に行き来できる。そして人類はそのような存在によって播種された種だった。っていう一種のジョーカーを出した時点で小説的に不可能なことはなくなってしまう。だからこれはファンタジー。ムー読者の願望を充足してくれる激甘ファンタジー。いくら大量虐殺があろうとも、その描写が酸鼻を極めるようなものであっても、ユダヤ教キリスト教的宗教観を冒涜するかのような挑戦的なストーリーであっても、本質的にはびっくりどっきり馬鹿エンターテインメント。
まあ、「新生」にもあった冒頭の著者による「お知らせ」を額面通りに受け取るのであれば、最後、つまり次の巻を読むまでは最終的な判断は下せないということになるのだが。
しかしねえ。ユダヤ教の神が実は非情な存在であって、逆にルシファーこそが人間的なのだ、というようなアイディアは特に目新しくはない。特に八百万の神がおわす本邦においては、「神」は造物主だけを指すものではないし、いろんなモノやコトに「憑く」こともあるわけで、神はときに残酷で非情なものであるというのはむしろ常識。それに『百億の昼と千億の夜』や『デビルマン』といったユダヤキリスト教的な神話を題材にした優れたフィクションが既に存在する。ギリシャ神話の神々だって、酔って人間の女性を手篭めにしたり父親を鳥に食わせたり、ひどいもの。
だからこの小説に書かれているようなアンチクライスト的な神のあり方は、むしろ手ぬるい。これを読んで衝撃を受けるような読者は、それこそ創造論を頭から信じ込んでいるようなガチガチの原理主義者くらいのものじゃないのか。
また、この作者は科学用語や物理学の扱いについてはかなり怪しい。「慣性に後押しされて」ってどういうことだろう。後押ししないのが慣性なんだが。金属を主成分とする小惑星が大気圏に突入した際に、大気との摩擦で帯電して大規模な雷が発生するというのも、おかしいでしょ。なんで導体が静電気を帯びるの(気になって少し調べてみたら、導体が帯電する場合もあるらしい。けれども、そんな破滅的な雷を発生するほど帯電するだろうか)。
科学だけでなく、宗教に関する知識もどうなんだろう。弥勒菩薩マイトレーヤがあたかも異なる存在であるかのように書かれているところがあるのだけど、弥勒菩薩=マイトレーヤでは。
あと、この本には近年稀に見るほど誤字・脱字が多い。「コーエン」という人物の表記がたまに「コーヘン」になり、ひどいときには1ページの中にそれら2種類の表記が混在している。他にも人物の名前をはっきりと間違えていたり、文節がまるごと抜けていたり、校正ちゃんとやってんの?それとも、あわてて出さなきゃならない理由でもあったのかな。
というようにかなりひどい内容ではあったのだけど、最終巻がわりとすぐに出そうな感じだし、作者が言うとおり全部読んでからこの物語を評価してみるよ。