村田次郎『「余剰次元」と逆二乗則の破れ』

「余剰次元」と逆二乗則の破れ―我々の世界は本当に三次元か? (ブルーバックス)

「余剰次元」と逆二乗則の破れ―我々の世界は本当に三次元か? (ブルーバックス)

これはいい本。
どちらかというと文章は淡々としているというか素っ気ないようにみえるが、それは読者が考えながら内容についてくることを期待しているのだろうと思えるような書き方であって、好感が持てる。そして、図表がまた良くできている。文章で説明される論理の展開と図表が示すものとが完璧に調和しているし、理解の助けというよりも、読者が考えながら「視る」ように作られている。「おわりに」で、この図が筆者自身によるものであることが明かされており、さらに筆者の奥さんがサイエンス・イラストレータだそうで、なるほど納得。
余剰次元というとやはり超ひも理論を連想するが、この本におけるそれはやや趣が異なっている。そもそもニュートン万有引力の法則が比較的近距離、つまり天文学的なものではなくて日常的なスケール(メートル以下の単位)では、18世紀のキャベンディッシュの実験を除けばごく最近まで精密には検証されていなかったということが驚き。しかも最近の実験方法も、原理的にはキャベンディッシュの方法と大差ない。これは重力があまりに弱い力であることによるものなので、仕方のないことではあるけれど。だから、コンパクト化された余剰次元の大きさが、超ひも理論が示すプランク長どころかミリメートル単位もある可能性がある、という理論が本書のテーマ。巨大な加速器によるものとはまた異なる方向性での検証が必要な物理学の分野がまだ残されているなんて、思いもよらなかった。
筆者は「実験屋」だそうで、この万有引力の法則を検証するための実験装置の説明がまた面白い。従来の実験手法は基本的には大質量(といっても数百キログラム程度)の物体と小質量(数グラム程度)の物体を近づけて、小質量の物体が引きずられる位置の変異を観測するというものだそうだ。だが重力の弱さに起因する被測定物の位置の変異があまりにも小さいために、実験に用いた物体の質量のせいで実験室の床がわずかに傾いたせいで正しく測定できなかったということがあるらしい。そう考えてみると、実験に用いる物体の形状や物性にもよるだろうけれど、ほんの小さな熱源による大気の対流や空間電位、気温や湿度も影響するのでは。ねじれ秤の変異をレーザー光で測定しても、光の運動量による影響もあるかもしれないと述べられているし、これは工学的にも面白いテーマなんじゃないか。
ところで、序盤に出てきた余剰次元をトーラスを用いて表現する方法って、イーガンの『ディアスポラ』でヤチマが数学に目覚めたきっかけになった手法と同じ。それでなんとなく、本書を読んでから『プランク・ダイヴ』を読んでいたら、また違った感じ方をしたかもしれないなと思った。