ガブリエル・ウォーカー『スノーボール・アース』

スノーボール・アース: 生命大進化をもたらした全地球凍結 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

スノーボール・アース: 生命大進化をもたらした全地球凍結 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

ハードカバーで出たときはスルーしてしまったので、文庫化されてすぐ買って読んだ。
しかし、これは科学ノンフィクションというよりは、やや奇矯ともいえる科学者(地質学者)たち個人の面白エピソードと、極地探検の様子をつづった私小説のような趣がある。まあつまり私としてはこの本を批判しているわけだけど、これには他にも理由があって、地質学や古生物学という、科学の中でもボーダーライン上にある(検証可能性が乏しい、或いはほとんど不可能だから)分野を扱うにしては、エピソードの選択や言い回し、他のジャンルとの関連性についての言及など、慎重さに欠けるのではないかと思えるのだ。
特にメインテーマであるスノーボール・アース仮説に至るまでの説明に関しては、結論が先にありきで、それに対する反論の反論が成立したものに限って紹介しているようなきらいがある。
また、「全地球凍結」というのは一種の言葉のあやで、地表が100%氷に覆われていたわけではないと思っていたのだけど、ではどの程度まで氷づけだったのか、また海氷の厚さはどのくらいだったのかといった定量的な数値が具体的に示されていない。海面も含めて地表が完全に氷で覆われてしまっては生物が絶滅してしまい、したがってこの仮説は成り立たなくなってしまうとこの説の提唱者は右往左往するのだが、少なくとも海に関しては、全海洋の海面から海底までがびっしり凍っていたとは考えにくい。わずかでも火山活動があればその周囲には液体の水(海水)が存在しただろうし、海底火山は先カンブリア紀でも活動していただろう。それに大規模な火山活動じゃなくても、ホットスポットさえあれば十分だろう。
この本はどちらかというと古生物学よりも地質学のほうに重点を置いているので、期待していたカンブリア爆発との関連については巻末のほうで少し言及されるに留まっている。スノーボール・アース仮説が事実だとすれば、カンブリア爆発との関連は高いのではないかとも思えるけれど、本書の内容が上述のようなレベルにあるので、なんとも言えない。ただ、最近の研究でエディアカラ動物群が多細胞生物で移動性であったらしいというところまでわかったというのは、収穫だった。
それにしてもこの本の最大の欠点は、図版が全くないことだ。大陸移動説をウェーゲナーまで遡ってしかも彼の人となりまで説明しておきながら、先カンブリア紀の大陸塊がどのような状態だったかという予想図のようなものはない。全地球凍結状態における温度分布はこのように予想されるとか、氷河によって礫が出来る仕組みや現在の地球におけるその分布などは、図版があるとないとでは、言うまでもなく理解の度合いがまったく違う。
地質学者の研究手法やフィールドワークの実際に興味があるならばこの本は読む価値があるが、スノーボール・アース仮説を科学的に解説するという内容を期待するならば、肩透かしを食らうのではないかな。