山尾悠子『ラピスラズリ』

ラピスラズリ (ちくま文庫)

ラピスラズリ (ちくま文庫)

恥ずかしながら、山尾悠子は今まで読んだ事がなかった。先日読んだ大森望『21世紀SF1000』でも評価されていて興味が湧いたところに、ちょうどタイミングよく文庫化されたので即買って読んでみた。
いやこれは素晴らしい。まず文章がとてもいい。漢字と仮名の使い分け方、話者の性別や年齢だけでなく人となりや服装までも想像できてしまいそうな会話の言い回し、地の文のディテールからは、この小説の重要なテーマのひとつである季節はもちろんのこと、建物のたたずまいや壁や床の質感まで伝わってくる。決して華美や絢爛といった形容が相応しいとは思わないが、ゆったりとした独特のリズムもあって、まるで音楽を聴くように読める。文章をただ追うだけでも感動できるかもしれない。
この本はいちおう連作集ということになるのだろう。だがこれは一冊の書物として完成しており、過剰なものも不足しているところもない。これまた見事な解説にもあるとおり、これは死や滅びの物語ではなく、それらを経てにんげんの世代や歴史的な時代が緩やかな円環を描いているという、いわば想像力の無限性の表明ではないか。
この連作集の中で最も長い中編の主な舞台となる建物は『ゴーメン・ガースト』を、秋から冬にかけての季節の描写はカヴァンの『氷』を思い起こさせるが、それはあくまでも表層的なもので、それら滅びの美学を描いた小説たちとは明らかに異なっている。かといって生きものたちの旺盛な生命力を高らかに謳い上げるという種類の小説でもなく、物語はあくまでも(不穏な仕掛けを孕みつつ)淡々と語られる。いじましく生きていかざるをえない、同じ愚をくり返して代を重ねていかざるをえない、業のようなものを生きものも時間も背負っている、という見方もできるのではないか。
最近は読書のためのまとまった時間がとれず、通勤のバスと昼休みの数十分とでちびりちびりと読むしかなかった。この小説にはあちこちに仕掛けや技巧が凝らされているのだが、それらをじゅうぶんに堪能することは残念ながらできなかった。あまりに勿体ないので、これはいつか必ず再読することにしよう。