スコット・ウエスターフェルド『リヴァイアサン クジラと蒸気機関』

リヴァイアサン クジラと蒸気機関 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

リヴァイアサン クジラと蒸気機関 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

「新☆ハヤカワ・SF・シリーズ」として早川書房が銀背を復活すると聞いて、知らない作家だけれども第一弾は縁起物と思い読んでみた。
一応、新シリーズなのだからそれなりのビッグネームを出してくるかと思ったが、いかにもジュヴナイルというカバー絵と、コテコテのスチームパンクであることが明らかなタイトルでちょっと不安になったが、全くの杞憂であった。
時は第一次世界大戦勃発前夜。片方の主人公は、オーストリア=ハンガリー帝国の大公夫妻を両親にもつ少年。しかし彼の母親は平民出身であるため、彼自身は王室での確たる地位も皇位継承権も持たない。ある夜、外遊中の大公夫妻が暗殺され、彼は臣下とともに祖国を脱出する。ここは史実とはやや異なり、サラエヴォ事件では大公夫妻は射殺されたが、作中では毒殺されている。
このときに主人公たちが用いる脱出の手段が、なんと「サイクロプス型ストームウォーカー」なるエンジン駆動の巨大な二足歩行機械。挿し絵(この本にはかなりの量の挿し絵が用いられている)を見る限りでは、「ファイナルファンタジーVI」に出てきた歩行兵器のよう。だからテクノロジー的には実際の歴史よりもかなり進んでいる。
もう一方の主人公は空に魅せられたあまり、年齢と性別を偽ってイギリス海軍航空隊の士官候補生になることを目論む少女。入隊試験のその日に、偶然が重なり図らずも彼女の「飛行センス」が認められることとなり、無事に入隊を果たす。こちらもやはりテクノロジーは進んでいるが、機械工学ではなく生命工学のほうで、彼女が乗り込んだのはクジラを遺伝子改変した飛行船。有機物、つまり餌を生化学的に分解し、水素を発生することで浮力を得ている。この飛行船の名前が「リヴァイアサン」で、海の怪物の名前を飛行船に命名するセンスが素晴らしい。
この世界ではドイツとオーストリア=ハンガリー帝国からなる「クランカー」と呼ばれる機械工学に長けた陣営と、イギリス、フランス、ロシアからなる「ダーウィニスト」と呼ばれる生命工学に長けた陣営とが、ヨーロッパの覇権を争っている。もうこの設定だけでワクワクしてしまう。クランカーの兵器の主流はエンジン駆動の歩行兵器と航空機で、六脚や八脚の巨大な歩行兵器は「地上戦艦」とも呼ばれている。ダーウィニストのほうは、前述のリヴァイアサンは一種の共生生物で、他にも艦内の通信手段として用いられる「伝言トカゲ」や、矢弾入りの餌を食べて敵の直上で排泄することで攻撃する「矢弾こうもり」など、ユーモアとけれん味たっぷり。このクランカーとダーウィニストの対立は、東西冷戦というよりもブルース・スターリングの<工作者>対<機械主義者>の構図に近いように思う。
物語はクランカーの少年パートとダーウィニストの少女パートに別れて始まるが、中盤で2人は邂逅し、行動をともにする。というのはまあ想像のつくお約束ではあるのだけど、ここにはやはり感動がある。浮上はできるが航行不能になったリヴァイアサンと、脚部が破壊されたウォーカーとが一体になる場面は、機械と生命のハイブリッドが誕生する瞬間であり、2人の主人公の運命の象徴でもある。
このように、この小説はいわゆるスチームパンクの枠組みにすっぽり当てはまるようなものではないだろう。また、少年と少女が大活躍するジュヴナイルではあるけれども、権謀術数あり、帝王たる者の苦悩ありで、大人が読んでもじゅうぶん楽しめる深みがある。スピーディーな物語展開と、息を継がせない冒険活劇の、極上エンターテインメント小説だ。少しだけ、『風の谷のナウシカ』の雰囲気もある。
翻訳もいいし、挿し絵はちょっと多すぎるかなとは思うけれども、あくまでも物語を補完する美しい絵であって、想像力を削いでしまう類いのものではない。正直意外な収穫というか、こんなに楽しい読書体験は久しぶりだった。
これは三部作の一作目で、続編はこのシリーズから刊行されることが決定しているようだ。三作目では日本も出てくるらしく、続きが楽しみ。