『ワイオミング生まれの宇宙飛行士』

ワイオミング生まれの宇宙飛行士 宇宙開発SF傑作選 (SFマガジン創刊50周年記念アンソロジー)

ワイオミング生まれの宇宙飛行士 宇宙開発SF傑作選 (SFマガジン創刊50周年記念アンソロジー)

2010年にSFマガジン創刊50周年を記念して出たアンソロジー三冊のうち、この一冊だけ読んでいなかった。
子供時代にはそれなりに宇宙開発に興味はあって、アポロ宇宙船や月着陸船のプラモや雑誌の付録を作って喜んでいたクチなのだが、10代になってからはSF小説を好んで読み始めたせいで逆に地球近傍の宇宙探査や開発に関する話題に対する興味が薄れていったんだよな。米ソがあいついで宇宙開発の規模を縮小してしまったし。同年代でこういう経験を持つ人は意外に多そう。
それはそれとして、三冊あるアンソロジーで一冊だけ読んでいないというのもなんだか居心地が悪いし、大森望『21世紀SF1000』でも言及されていたので、遅ればせながら読んでみることに。

  • アンディ・ダンカン「主任設計者」

旧ソ連の宇宙開発を題材にした、歴史改変もの。エンジニアの心意気がアツいが、ちょっとほろ苦さも。

  • ウィリアム・バートン「サターン時代」

こちらはアメリカの宇宙開発を題材にした、歴史改変もの。主人公のキャラクターがなんとなく『スキズマトリックス』のリンジーと重なる。

電送、つまり物体を情報化して遠隔地で再構成するというSFガジェットを21世紀の今でも臆面もなく堂々と使えてしまうというのは、クラークならでは。

  • ジェイムズ・ラヴグローヴ「月をぼくのポケットに」

これは、まあよくできたジュヴナイルといった感じではある。

こういうヒネリのきいたユーモアは大好き。しかし結末はじーんとくる。

  • エリック・チョイ「献身」

これは、「はやぶさ」が好きな人は大喜びなのではないでしょーか。
ちょっとご都合主義的なところもあるけれど、SF短編としてはとてもよくできている。

  • アダム=トロイ・カストロ&ジェリイ・オルション「ワイオミング生まれの宇宙飛行士」

アダム=トロイ・カストロの『シリンダー世界111』はビミョーだったけど、これはいい。主人公のとある肉体的な特徴がストーリーと見事に絡み合っていて、ラストも印象的。


やはり宇宙開発というとどうしても歴史改変ものや並行宇宙ものになってしまいがちかな。そりゃ、現実は、子供のころに漠然と描いていた未来図とは大きく異なって、人類は未だに月より向うには行っていないわけだし。そんな中、あくまでも舞台を太陽系内に限った上で粒ぞろいの短編を選りすぐった編者の手腕は流石だ。
ただ、おれ自身が生きている間に人類が火星にすら到達する可能性はほとんどないだろうし、無人機でも太陽系を出るのがやっとだろう。まあ実際の宇宙開発は、これらの短編でもことあるごとに言及されているように要するに「政治」なわけで、そういう意味でも実際に人類なり探査機なりを深宇宙に送り出すという計画があったとしても、それほど興味はもてないだろうな。こういう良質な小説たちを読んで想像力を膨らませているほうがよほど楽しい。というわけで、『サターン・デッドヒート』みたいな小説の登場を心から願う次第だ。