ロバート・チャールズ・ウィルスン『連環宇宙』

連環宇宙 (創元SF文庫) (創元SF文庫)

連環宇宙 (創元SF文庫) (創元SF文庫)

虫の報せだろうか、なんとなくそうしたほうがよさそうだったし第一部、第二部の内容もかなり記憶があいまいになっていたので、事前に『時間封鎖』と『無限記憶』を再読してみた。で、これが大正解。特に『無限記憶』、肩透かしをくらったとか言っちゃってて、ゴメン。全てを読み終わってみれば、全体の構成は『無限記憶』と『連環宇宙』でひとつの作品のようなものなので、むしろ二部作といったほうがいいのかも。


「封鎖スピン」から数十年後、地球の社会も安定を取り戻し、人類は「アーチ」の向うにある惑星からもたらされる豊富な資源を元に繁栄を享受していた。そんな折り、警察に保護された少年オーリンが持っていたノートに書かれていたのは、一万年後の未来に復活したという人々の手記だった。彼はこれを自動書記のように無意識のうちに書いたという。手記なので一人称で書かれており、著したのは『無限記憶』の終盤で「暫定アーチ」に飲み込まれたタークと、もう一人は復活するタークの世話役として21世紀の記録から人格を再構成されたアリスン。物語は、この少年を保護した警官ボースと受け入れ施設の精神科医サンドラの活躍と、その手記の内容とが交互に語られる。
『無限記憶』では、タークは若い頃にある犯罪を犯していたことを告白していたが、この手記ではその顛末が詳細が明らかになる。また、現在、つまりオーリンを軸としたパートは時系列的にはちょうどそのタークが「犯罪」を犯す直前から始まっているので、手記に書かれている事件を別な視点から見た描写も語られていることになる。さらに手記のタークの物語ではその事件の顛末以外にも、彼が一万年後に再生しとある人類のコミュニティ「ヴォックス」に保護されるものの、その特殊な社会体制への戸惑いと反発、そしてタークと共に「暫定アーチ」に飲み込まれ同様に一万年後に復活した少年アイザックとの交流が、アリスンの物語も交えて語られる。構造がちょっとややこしいけれども、すぐに馴れた。
ボースとサンドラは何らかの陰謀に巻き込まれたらしいオーリンを助けるべく、彼の周辺を調査したりその手記を調べたりするが、その手記に書かれていることは真実であるとしか思えない内容であることが次第に明らかになる。つまり、タークも、彼が事件が起こすことになる場所(とある倉庫)も、実在しているのだ。オーリンは警察に保護される直前までその倉庫で働いていたので、タークとの接点がまったくないわけではないが、なぜそれが一万年後に復活した人物の手記として書かれているのか。ここにおいて、よくある時間テーマSFのパラドックスとは一味違うぞと、オレの直感が告げた。
と、導入部分はほぼパーフェクト。『無限記憶』ではやや地味に感じたタークのキャラクターも、物語の中心に据えられることでぐっと人物としての魅力を増し、アイザックとの再会のシーンも感動的。だがウィルスンの小説が他のSFとやや趣を異にするのは、主人公(といっていいだろう)タークが、あくまでもごく普通の人間であるということ。若い頃に罪を犯したという罪悪感や贖罪を求める傾向、仮定体によって作られた「暫定アーチ」を通過し一万年後に復活したという事実が、ヴォックスのドグマである「大脳辺縁系民主主義」においては一種の選民であることの証左であり、神にも等しい存在であるという扱いを受けるにもかかわらず、現代の読者からはタークは「普通の」人間にしか見えない。逆説的だけれども、そのような人物造形がむしろSFとして説得力をもち、物語に深みを与えている。アイザックはその出自が非常に特殊であるため、ある意味特別扱いされているキャラクターだが、タークとの対比が面白いし、ジュヴナイルSFのテイストもあってある種のノスタルジーを感じた。
中盤では、失踪したアーリンを探すためにアリスンとボースが奔走したり、手記パートではヴォックスが仮定体との接触を試みるものの手ひどいしっぺ返しをくらったりと、ガチガチのSF読者からすると広げた風呂敷が畳まれる気配が一向に見えないのでやきもきするが、これも読み終わってみれば、怒濤の後半への必然の流れ。
終盤はやや説明的な感がするものの、手記という手法をとっているために決して不自然ではなく、それどころか全ての伏線や謎も明らかにされ、いやもう大満足。ジェイムズ・ブリッシュの<宇宙都市シリーズ>へのオマージュがあったり、イーガンの『ディアスポラ』を連想させたり、SFファンへのサービスもたっぷり。前二作で数回出てきただけのとあるキーワードの謎解きといったフォローもきちんとされている。この三部作は、シリーズ物SFの系譜に名を連ねる名作であることにおそらく異論はないだろう。
ところで去年、同作者による『クロノリス』という長編が出ていてこれもまた素晴らしい作品だったのだが、『連環宇宙』を楽しむにあたってはとてもよい参考書になるんじゃないだろうか。発表された順番は異なるものの、邦訳を出す順番としては理想的、東京創元はとてもいい仕事をしているなあ。