パオロ・バチガルピ『シップブレイカー』

シップブレイカー (ハヤカワ文庫SF)

シップブレイカー (ハヤカワ文庫SF)

三人称で語られる単一視点で一本道のストーリーなんて今どき珍しいなあと思ったら、この小説はいわゆるヤングアダルトなのだった。どうりで読みやすいはず。
導入部を読むかぎりでは、『ねじまき少女』と同じような世界観に感じた。やはり石油が枯渇していて、気候の温暖化により海水面が上昇したために、旧世界の大都市は水没してしまっている。主人公の少年ネイラーは、砂浜にうち捨てられた巨大タンカーから金属などの資源を回収して日々の糧を得ている。
冒頭のこの部分の妙に凝った細部の描写が面白くて、引き込まれる。ネイラーは身体が小さいのでタンカーのダクトを通って銅がとれる配線をとりはずすのだが、この世界では電力は貴重なので、ひたいに塗った発光塗料で明かりを得ている。回収した配線はドラムに巻き取り、「クルー」の仲間達と一緒に今度は絶縁体の被覆をはがし、金属だけを回収する。このクルーの仲間たちは頬に同じ紋様の入れ墨を入れ、「血の掟」で固く結ばれている。
その日二度目の回収に向かったネイラーは、ダクトが崩落して石油だまりに落ちてしまう。しかしこの世界では石油は貴重品なので、これはとても「ラッキー」なことなのだ。もし生きて外界に出ることができれば。石油の中では浮力がほとんど得られないので、溺れてしまわないようにわずかな手がかりに捕まって彼は助けを待つのだが、クルーの一人である少女がやってくるものの、このお宝を独り占めしようとする彼女に裏切られ、石油だまりに取り残されてしまう。しかし彼は幸運をつかみ、なんとか石油だまりから脱出する。ネイラーを裏切った少女は頬の入れ墨を削り取られ、クルーから追放されてしまう。
こういう、暗い近未来モノは大好きなので、ぐいぐい読めた。前述のようにストーリーは一本道だが、各章が短くてテンポがいいし。
石油というお宝を発見して「ラッキー・ボーイ」と呼ばれるようになったネイラーだが、その夜、大嵐がやってきて、せっかく得たものを失ってしまう。だが、その嵐で座礁した船を偶然発見し、その船の中でまた新たな「お宝」に遭遇する……
と、ここからが本番なわけだけれど、中盤から終盤に向かうにつれヤングアダルトというよりはより低い年齢層に向けたジュヴナイルの雰囲気になり、少し陰のある寡黙な少年だったネイラーがだんだん饒舌になってきたりして、ちょっとだけ残念。それでも、伏線の張り方が上手いし、登場人物の造型もいい。個人的には、『ねじまき少女』よりも楽しめた。
なんとなくだけど、『ねじまき少女』が『ニューロマンサー』だとするなら、この『シップブレイカー』は『カウント・ゼロ』なんじゃないか、そう思った。