松崎有理『あがり』

あがり (創元SF文庫)

あがり (創元SF文庫)

東京創元社60周年フェアでマグネット製のブックマークがもらえるというので、適当に未読で面白そうなのを見繕って読んでみた。
一作目の表題作でちょっとひっかかったのは、「存在しないことを証明する」方法論が科学的ではないこと。というのは作中の登場人物も言及していることで、遺伝子を複製していってその最大数が地球上に存在しうる細胞の数を超えればそこで打ち止めにしてよいという論理は、たとえこれが生物学の現場でなくとも、同意を得ることは難しいだろう。材料となるバイオマス(核酸)とたぶん酵素?さえあれば他の惑星上でも宇宙空間でも遺伝子を複製することは可能なのだから。この小説の根本のアイディアが「あがり」という現象にあるので、結論ありきでこのような書き方になってしまったのかもしれないけれども、もう少し慎重かつ大胆にトンデモな論理でもってブン回してほしかったなあ、というのが正直なところ。
続く二作目「ぼくの手のなかでしずかに」。これもアイディアが非常にいい。どこか醒めた雰囲気のある語り口と切ない読後感もいい。だけど、やはり今ひとつラストが物足りないという印象をもったのも事実。不老長寿が実現したら生殖は不要になる、というのは確かにそうかもしれない。けれども、特に人間の場合は、生殖イコール恋愛/性愛なのだろうか。ここで、もっと強引でもいいから説得力のあるひとことがあるだけでずいぶん印象が変わったんじゃないかな。
と、つい細かいところに文句をつけてしまったけれども、全体を通してみれば、これはかなり良い連作集だ。いや、長編として読んだほうがいいのかもしれない。舞台はもちろん、いくつかの短編にまたがって登場する人物もいるというオールスターシステムをとっていて、全てを読み終えてみると実は一つの大きな流れが底にあったことに気がつく。そして上述のような瑕疵などはいつの間にかあまり気にならなくなっている。全体に漂う穏やかな雰囲気と、その語り口のためかそれほど過激には感じられないものの実はかなり大胆なアイディアとが、独特な世界観を作りあげている。
作者はデビューしたてだから作品数はまだ少ないようだけれども、他の本も読んでみよう。