インターステラー

本当は封切り早々に観に行きたかったのだけどなかなか機会がなくて、結局帰省先で観た。
いやー、見事なクソ映画だったなー。
主人公一家は農業を営んでいるが、どうやらこの時代は農作物が不作だったり病気で育たなかったりするらしい。また主人公は元エンジニアであり、宇宙飛行士でもあったらしい。しかしこの時代はテクノロジーはあまり重要ではないようで、それよりも人々は食料生産のほうに血道を上げていて、世界中の軍隊すら解体されているようだ。そして気候は極端に乾燥しており、時おりひどい砂嵐に見舞われたりもする。
このように、人類の黄昏を、戦争や疫病といった派手な災害ではなく、環境破壊とそれに伴う食料難というどちらかというと地味な原因によって、じわじわと真綿で締めるような緩慢な過程でもって描くというのは却って新鮮に感じた。だが、面白そうに思えたのもここまで。
ふとしたきっかけで主人公父娘は消滅したはずのNASAの秘密施設を発見する。そして主人公は人類を救うために、土星の近傍に発見されたワームホールを利用して新たな入植先を見つける旅に出る。
そのNASAの施設において主人公が宇宙飛行士に抜擢されるのも唐突だし、人類が居住可能な太陽系外の惑星を見つけるというミッションに素粒子物理学者や理論物理学者が単独で赴くというのも不自然。ワームホールの出現に伴う重力異常が地球上で観測されるというのもおかしい。というように、この映画はストーリー展開が強引な上に、科学的な描写もかなりあやしい。
重力制御という強力なテクノロジーが半ば実現されているにもかかわらず、量子重力理論には不備があり(これは現在でもそうだ)、正しい理論を構築するにはブラックホールの内部、つまり特異点を観測しなければならないという。まず、特異点に達するには事象の地平線を超えなければならないが、その場合客観時間では無限大の時間が経過するはず。また、仮に特異点を観測できたとして、その情報をどうやってブラックホールの外部に伝達するのか。
時間のローレンツ収縮(「ウラシマ効果」なんて言わないよ絶対)がこの映画の一つの鍵になっていて、確かにこれはドラマになりうるが、同時性に関する認識が根本的に誤っている。ワームホールの反対側が太陽系からどのくらい離れているかはわからないが、少なくとも系外太陽系があるのだからそれこそ天文学的な距離だろう。とすれば、地球と主人公の相対速度よりも両者の距離のほうが重要なファクターとなるので、各々の主観時間云々よりも運動することそのものが両者の時計の進みかたに大きな影響をもつはず。というか、そもそもそれだけの距離があるなら、同時性などは意味を持たなくなる。だから『宇宙戦艦ヤマト』の地球の主観時間で一年以内という設定は実はナンセンスなのだが、これはそこにドラマがあるから面白いのだ。ところがこの映画にはそれが欠如している。
また、主人公たちにヒントを与え続ける謎の「存在」は五次元宇宙にいるという設定になっているが、だからそのような存在にとっては時間も「物理的」な次元の一つにすぎないのであたかも空間を移動するかのように時間を移動できる、というのはおかしい。時間を一つの次元とするというのは一種の方便であって、そうすれば相対論的なモデルを考えやすいというだけのこと。ゲーデル解が適用するような特殊な時空では確かにそうなるかもしれないけど。
というように、この映画における科学的な説明はかなり眉唾物で、製作者が望むようにストーリーを展開させるための安易な道具でしかない。キップ・ソーンがアドバイザーらしいけど、むしろ評判を落とすんじゃないか。
前述のように、科学的な説明に不備があってもドラマとして面白ければそれでいいし、逆に正確だからといって作品が評価できるとも限らない。当たり前だが。しかしこの映画は肝心のドラマの部分がダメ。系外惑星の描写も今ひとつで、全然ワクワクしなかった。『2001夜物語』を見習え。
そしてラスト。ブラックホールに突入した主人公はこれまたご都合主義的に土星近傍で救助されるのだが、それはまあよしとしよう。イケてないのは、この時代人類は土星軌道にコロニーを築いているのだが、それなら別に主人公たちがわざわざ新天地を求めて系外惑星を探検しなくてもよかったのでは。そもそも、かなり賢いロボットがありながら、生身の人間を探検に行かせるという意味がわからない。まあそれを言っちゃうとこの話が成り立たなくなってしまうので別にいいんだけど、主人公が死の床にある娘と再会するというのは、とってつけたようなお涙頂戴で全く感動できなかった。『ニューシネマパラダイス(完全版)』や『タイタニック』のように、蛇足映画の系譜に連なる下世話な映画でもある。
主人公の活躍のおかげで量子重力理論が解決してコロニーの建造が可能になったということなのだろうが、それならば最初のほうに出てきた重力制御のテクノロジーを(それがブラックボックスだったとしても)応用すればよかっただけの話なのでは。
この映画はそこそこ評価されているようだけど、これを観て傑作!とか感動!とかいう気持ちが全く理解できないしそういう人とはたぶん友達になれないどころか意思の疎通すらできないだろう。
とにかくクソですよ、クソ。