カーリーの歌 (ハヤカワ文庫NV―モダンホラー・セレクション)
失踪した詩人がまだ生きており、その最新作が手に入ると聞いて、同人作家である主人公は妻と生後数ヶ月の赤ん坊を連れてインドのカルカッタへと向かう。そこで主人公は、邪悪な女神「カーリー」を崇拝するカルト集団と接触し、ダースが実はカーリーの秘儀によって死体から蘇ったのだと知らされる。詩人の作品は手に入るものの、赤ん坊はそのカルト集団の手によって誘拐され、結局殺されてしまう。主人公は復讐を果たそうと再びカルカッタへと向かうものの、結局何もせずに戻ってしまう。主人公と妻はその後一時期疎遠になるものの、やがて元通りになり、妻は再び子供を身篭るというところで話は終わる。
汚濁と混沌にまみれたカルカッタのどぎつい描写が続くが、アジアに対する西欧的な偏見というよりは、客観的でどこか醒めた視線を感じさせる。冒頭にある通り、「この世には存在することすら呪わしい場所があ」り、その象徴がカルカッタなのだろう。カルト集団の儀式のグロテスクな描写や、カルカッタの猥雑ぶりなどの描写はさすがに上手い。
作中で、暴力こそが力である、と語られるが、主人公はその暴力に対して抗うことを最終的には放棄してしまい、未来に目を向けるようになる。それが、この作品で唯一の救いではある。主人公の、その境地に至るまでの過程を描くためにこそ、こういった過剰な暴力、救いようのない無知、赤ん坊があっさりと殺されてしまう(宝石を密輸するために内臓をくり抜かれる)ような残酷さが繰り返し語られる。この重厚さは、『エンディミオンの覚醒』において、主人公がまさしく「覚醒」する瞬間の描写に通じるものがある。
詩人が再生した真実も、カルト集団の素性も、赤ん坊が誘拐される理由も殺される経緯も結局は明かされないのだけれど、こういう、謎は謎のままで放っておくという作者のスタンスは好もしい。小説を読む楽しさを再度思い起こしてくれた。