オルタード・カーボン

オルタード・カーボン

かっこいい装丁、フィリップ・K・ディック賞受賞、人間の心を保存するための「メモリー・スタック」という用語。これだけの要素が揃えば、教養として読んでおかないわけにはいかない。
という、あまり積極的ではない理由でもって読んでみたが、なかなかよかった。文体はハードボイルドで、ちゃんと
・一人称は「おれ」
・「おれ」は「煙草」を吸う
・「おれ」と寝た女は翌朝消えている
という、ハードボイルド三原則が満たされている。
スタックに人格が保存されて、カラの肉体(作中では「スリーヴ」と呼ばれる)にいつでもダウンロードできる、という設定はありがちだけれど、この作品世界ではそのテクノロジーがごく日常的で当たり前のこととして描写されている。同時に2つのスリーヴに入った主人公(達)が、最終的に1人に戻るためにどちらの人格を消去するかを自分同士でじゃんけんをして決める、というのには大笑い。ディック的な設定でありながら、全く違ったアプローチをとっているわけだけど、これはこれでいいと思う。また、主人公が強制的に女の体にスリーヴィングされて拷問を受けるシーンは、ちょっと倒錯的でよかった。
ディック作品といえば、細かい矛盾や破綻をはらみながら物語が進行することが多いが、この作品もそうで、読みながら違う意味でハラハラした。スリーヴィング直後に平気で大立ち回りをしたり、二重スリーヴィングはちょっと考えると簡単にできてしまいそうだが、ややこしい手続きとAIの助けが必要なほど困難だったり、なのにスタックの内容を遠隔地に転送する経路にはあっさりとウィルスを仕掛けたり改竄することができたり。
ただ、やや困惑してしまうのが、火星に関するエピソード。舞台は27世紀なのに人類はすでに太陽系外の複数の惑星に大規模に拡散しているのだが、それはどうやら、火星人が残した恒星間通信・航法やテラフォーミング技術の恩恵らしい。他にも、火星産の、生物かどうかも定かではない自律的オブジェが出てきたり、火星には遺跡があるらしいこともほのめかされる。これだけ火星にこだわるからには、ストーリーに何らかのかかわりがあるのかと思っていたが、そんなことはなくて、単なる刺身のツマ程度のガジェット扱いだった。ディックへのオマージュのつもりなのだろうか。続編はこの火星の遺跡が舞台らしいので、そちらに期待しよう。
ちなみに、映画化が決定しているようだけれど、こちらには期待しないでおこう。
ところで、作者はおれと同い年ですよ。