マイク・ブラザートン『スパイダー・スター』

スパイダー・スター〈上〉 (ハヤカワ文庫SF)

スパイダー・スター〈上〉 (ハヤカワ文庫SF)

スパイダー・スター〈下〉 (ハヤカワ文庫SF)

スパイダー・スター〈下〉 (ハヤカワ文庫SF)

ネットの評判を見る限りではあまり芳しくない。「感想がない」という感想もあった。カバー折り返しにある著者の経歴を見ると、現役の天文学者のようだ。数十年前ならいざ知らず、昨今では現役科学者の書いたSFははずれが多い。
しかし、トールサイズになってからのハヤカワ文庫をまだ読んでいなかったので、ほとんど期待せずに読んでみた。予想していたとはいえ、地雷だろうと思って読んだ小説が本当に地雷だと、嬉しいやら悲しいやら。
異星人の遺跡というのはその設定だけで萌えるものだが、面白かったのは序盤の遺跡発掘と異星人が残した兵器が発動するあたりまで。以降は『リングワールド』を薄味にしたようなアドベンチャーが続くだけ。異星人とのコンタクトもあるが、作者の意気込みだけが空回りしているような感じで退屈。異星人の本拠地に乗り込むときに、与圧されているからといって気密服も身に付けず、また丸腰で戦略もなしに挑むなんていうのは、馬鹿馬鹿しいとしか言いようがない。最後はとってつけたようなお涙頂戴の大団円で、ペース配分を誤ったのかやたら詰め込んだ終わり方だった。
とまあ、ストーリーテリングとかSF的道具立てがどうとかいうレベルには達していない小説ではある。ただちょっと気になったのは、この作者はちょっと変態ぽいというか、猟奇的な匂いを感じるのだ。例えば、恒星間宇宙船の乗組員たちは代謝を落としていわば半分冬眠している状態で過ごすのだが、彼らは個室ではなく何故か大部屋で男女とも一緒に裸で過ごす。睡眠が浅いときには乗組員同士で性的関係を持ったり、「夢中淫行」と呼ばれる性的暴力をふるうことがあるという。「いちおう性病保有者はおらず」「不妊化されている」とは作中の言だが、これで正当化されるとでも?また、異星人とコンタクトするシーンでは、異星人がいきなり地球人側のある登場人物の腕を切断し、しかもそれを生のまま喰うのだ。それが異星人の固有の文化であるというようなことは説明されるのだが、唐突すぎてやや不気味だった。きわめつけは、主人公の過去。彼は別な異星人と初めてコンタクトをした人間で、そのときに異星人と何らかの取引をして、「暗黒物質エンジン」というテクノロジーを得た。その取引の内容は終盤までなかなか明らかにされずに延々と引っ張られるのだが、実は異星人と性的関係を持ったのだということが仄めかされる。しかもその異星人の三人称は「彼」であり、主人公いわく「それが恐れたほどひどくなかった」。これは『リングワールド』へのオマージュで、「リシャスラ」を連想させるギミックだという可能性がなきにしもあらずだが、やはり不気味ではある。
訳者あとがきがまた、過去に例を見ないほどあっさりというか、投げやりというか。深読みすると作者を小馬鹿にしているようにもとれるし、やたら改行が多くて、枚数をかせぐためかなどと勘繰りたくなる。少なくとも、訳者も持て余し気味であることは見て取れる。
よほどのことがなければこの作者の小説はもう読まないだろうしそもそも翻訳されるとも思わないが、もしも出るならば、あとがきだけは読んでみたい。


ところで、トールサイズの文庫は文字がスカスカだが読みやすかった。近ごろでは何故かSFファンの平均年齢は1年に1歳ずつ上がっているそうで、私自身も例にもれず細かい字を読むのが辛くなってきているので、これはありがたい。早川書房から、専用のブックカバーももらえたし(http://www.hayakawa-online.co.jp/news/detail_news.php?news_id=00000233)。