筒井康隆『アホの壁』

アホの壁 (新潮新書)

アホの壁 (新潮新書)

養老孟司の『バカの壁』は、それはもう酷い本で、これをもってして養老孟司の本を読むのはやめた。
で、この『アホの壁』は、著者自らが語っているように明らかに二匹目の泥鰌を狙っている。だがこの本は新書あるいは教養書として読んではいけない。これは今までの筒井文学の集大成であり、筒井ファンならば一見してそれとわかる過去の著作のネタが多数出てくることからも明らかなように、セルフパロディなのである。
それだけにはとどまらず、ネタ元ともいえる『バカの壁』のバカさ加減を、その著者とは深い親交があることもあってか二重三重にも偽装された慎重な言い回しでもって批判するとともに、自己言及的な「アホ」を演じて見せるという高度な「文芸」なのである。さすがに今この時代にフロイトやメニンジャーを臆面もなく引用し、しかもどちらかというと皮相的なレベルで解説するというのは、まさしくアホの所業なのだから。散見する脳科学やビジネスへの言及も、額面どおりに受け取ってはいけない。
一見すると今日的かつ優等生的な結論を導出しているように見える「人はなぜアホな戦争をするのか」の章にしても、『俗物図鑑』や『東海道戦争』といった傑作をものしてきた著者が、本気で文化人を評価したり、教育の機会均等が実現するなどと考えているはずがなかろう。仮にそれが実現したとして、教育の機会を与えるイコール知的で文化的な人間一丁出来上がり!、というような官僚的な安易な考えをこそ批判しつづけたのが著者なのだから。
しかし終章「アホの存在理由について」は、ストレートに筒井らしい。アホ万歳。