テッド・チャン『あなたの人生の物語』

あなたの人生の物語 (ハヤカワ文庫SF)

あなたの人生の物語 (ハヤカワ文庫SF)

ロバート・C・ウィルスンの『ペルセウス座流星群』を読んだら、なぜかテッド・チャンを読みたくなったので再読。まあいずれもう一度読まなきゃと思っていたし、ちょうどいい機会だということで。出たのが2003年だからもう10年近く経つし、内容もかなり忘れていた。
チャンとの出会いは『90年代SF傑作選』に収録されていた「理解」で、この作品を読んだときのインパクトは今でも憶えている。だからチャンはどちらかというとハードSFに近い作風という印象を持ってしまっていたのだけれど、今回改めて読んでみたら、宗教に関する話が意外に多いんだな。
ではそれぞれの短編について、簡単に感想を。

  • バビロンの塔

創世記の宗教観よりも、工学的見地に重点が置かれているというのが面白い。そしてここで描かれている世界の姿は、アインシュタイン以降の宇宙観とも通ずるところがある。もしかすると、人間が認識できる宇宙というのは、その依って立つ根本原理が宗教であろうと科学であろうと、同じありようなのかもしれない。

  • 理解

前述のように、個人的にとても思い入れのある作品。
最初に読んだときは、知性をソフトウェアのアナロジーで語っていると思ったのだけど、改めて読んでみると決してそういうわけじゃあないのだな。ゲシュタルトの相互作用とそれらの繰り込みを認識し制御できることが、この作品における超知性の本質ではないのかと。

  • ゼロで割る

今回読んでみて、なぜこの話が夫婦の物語と絡むのかがやっとわかった。今さら!?

これはもう、文句のつけようがないパーフェクトな短編。物語の構造とストーリーとが互いに補完しあうという技巧もさることながら、泣けるSFのベストテンにも入りそう。

  • 七十二文字

この話はすっかり忘れていた。錬金術オートマトンを結びつけるというアイディアがすごい。

  • 人類科学の進化

「理解」の後日談といった趣。いわゆるシンギュラリティの可能性を否定しているようにも思える。

  • 地獄とは神の不在なり

これも結末をすっかり忘れていた。無神論者だった主人公がいかにして神を愛するようになったか、有無を言わさぬ残酷なまでの説得力。

  • 顔の美醜について

これは基本にあるアイディアがイーガンぽい。
ステルスマーケティングや目を大きくしたり肌を綺麗に見せるデジカメなどを連想させて、10年前に書かれたとは思えない。