花輪和一『風童』

これはとても素晴らしい。こんな良い本があることは人には内緒にしておきたい、でもこういう本をこそ読んでもらいたい、そんな気分になる。
「業」というものが花輪和一作品の主要テーマの一つだと思っているのだけど、この漫画も「業」について描かれている。ただし、今までとは少し異なる角度から。
原因が自分の失敗や怠惰によるものであったり、他人からの不当な要求や共同体内での無言の圧力であったり、悩みや葛藤は尽きない。思考が堂々巡りするばかりで終りが見えない。そんな状況にあってもあっさり乗り越えたりそもそも悩みなど感じないという生き方ができる人もいるが、でもそうでない人のほうが圧倒的に多いわけで、それこそが一種の人間らしさなのだということを言いたいのではないかと思う。なんとなく、『ぼのぼの』(途中で読むのをやめちゃったけど)を連想した。
漫画表現としてもさらなる高みに到達したような気がする。特に「夏の雪」は、短編漫画の最高峰と言ってもいいくらい。また驚きなのは、(一部二色刷りの最初と最後の短編を除いて)全編モノクロなのに、「色」が視えること。桜の花、川に住む魚や昆虫や蛙、泥や砂、生命力にあふれた夏の景色から収穫を終えて乾燥し始めた秋の気配まで、あちらこちらに色を感じることができる。これはもう鳥肌もの。
花輪和一という漫画家を知ってから約三十年、作品を読み続けてきて本当によかった。