ゼロ・グラビティ

それはそれは昔、ファミコンの全盛期。町の本屋でディスクシステムのソフトを500円で書き替えてくれるという商売がまかり通っていた牧歌的な時代に、「パルサーの光」というタイトルのクソゲーがあったとさ。とにかく操作性が悪くてわずか半日で投げ出してしまったのだけど、このゲームの画期的なところは、操作の対象である宇宙船が、空気抵抗も重力もない宇宙空間でニュートン力学に忠実に従った挙動をすること。空気抵抗がないから、宇宙船を目的地で停止させるには加速したぶん正確に減速しなければならないし、方向転換をするには一度その方向のベクトル成分がゼロになるまで逆噴射しなければならない。
つまり今でいう物理シミュレータなわけだけど、これは当時画期的だった。宇宙空間を舞台としたシューティングゲームなどでは、自機は十字キーニュートラルにすればある程度慣性はついているもののやがて適当なところで止まってくれるし、進行方向と逆のキーを押せば即座に反転してくれるのが当たり前だった(今でもそうだけど)。まあそういう性質のゲームだから、「操作性が悪い」と感じてしまったわけだが。
ちなみに、このゲームに登場する宇宙船だったか基地だったかの名前が「のっぴょっぴょ〜」だったのは、しりあがり寿「エレキな春」のギャグから拝借した悪ノリ。
って、そんなことはどうでもいいんだよ!この「ゼロ・グラビティ」はとにかくすごい映画なんだよ!3Dで観て本当に良かったよ!
でもなぜそんなクソゲーの話から入ったかというと、この映画がまさにニュートン力学に忠実に描かれているから。宇宙空間なのに音が聞こえる、というのはまあおいといて(音に関しては、ラスト近くで重要な演出がある)、無重力(正確には無重量)かつ真空という宇宙空間における物体の挙動が、破片のひとつひとつにまで徹底されていた。また、ロープの張力や金属の弾性、運動量の保存などもちゃんと考慮されている。
その上で、いやむしろそのような制約を逆手にとって、素晴らしい映像美とドラマを作り上げたこのスタッフの仕事ぶりが素晴らしい。予告編を観た限りでは星野之宣の「大渦巻III」のような話かなと思っていたら、決してそれだけにはとどまらず、登場人物がわずか3人とは思えない壮大で深遠なドラマだった。そして、主人公のライアン・ストーン博士こそは、21世紀のリプリーだ。
この一本の映画の中には、今まで観てきた映画や漫画、小説などの要素がたくさんつまっている。『2001年宇宙の旅』、『エイリアン』、『コンタクト』、『2001夜物語』、『プラネテス』、『虎よ、虎よ!』、『スキズマトリックス』、エトセトラエトセトラ。
そしてそして、この映画の原題は「Gravity」だけれども、邦題を「ゼロ・グラビティ」とした日本の配給会社には今回に限ってよくやった、と言っておこう。無事に地球に帰還した主人公が、地球の重力にふらつきながらも一歩一歩着実に踏みしめていくラストシーンとオーバーラップする「G R A V I T Y」の文字。これには素直に感動した。