パティロケとベルハー

三週連続でベルハー。
まずはParty Rockets。初めて観たけど、「ロック」であることを謳っているけれどもツインバスドラのドロドロドラムがところどころに入っていて、これは音楽プロデューサーの趣味なのかな。概してロックファンはヘビメタ的なものに拒否反応を示すもので、やはり違和感を禁じえなかった。むしろロックぽくないいわゆるアイドルソング的な曲のほうがよかった。
しかしこの三人は可愛いなあ。自己紹介で中学二年生が二人と三年生が一人であると知って驚いた。話し方もしっかりしていたし、これで曲さえ良ければ。
先週のベルハーはみずほ生誕という少し特別なライブだったけど、今日もなかなか熱かった。少し風邪っぽかったのでやや後方で大人しくしていたけど、やっぱり引き込まれるなあ。
ところで、ちょうど昨日、二十数年来の音楽つながりの友人たちと会ってベルハーの話題になった。そのときに、歌が下手だから〜という反応をされたのだけど、オレ的にはむしろ歌が下手であることがアーティストの評価に直接結びつくという発想がなかったので少々驚いた。下手であることは歌を聞けばわかることであって、実際に現場に足を運ぶなどして、かなければ、なければわかりえないことがまた別にあるから。
そりゃ、歌い手としてCDを出している以上はある水準の歌唱力は要求されるだろうけれども、その点だけをもって評価してしまうというのは勿体ない。あえて具体的な例を挙げてみれば、三十年以上のキャリアがありながらリズム感が悪くてライブではオクターブを下げないと歌えなかったりするNew OrderのBernard Sumnerはボーカリストとして魅力はないのか?The Raincoatsは?The Pastelsは?The Shaggsを引きあいに出すのはまあフェアじゃないけれども、他にも下手であっても説明不可能な魅力がある、熱量があるアーティストやバンドを挙げればきりがないし、逆に歌唱力があってもつまらない人もたくさんいる。
たしかに、本来アニメ映画の主題歌として使われるはずだったのがあまりの歌の下手さにテーマソングという扱いになったというような事例は過去にある。けれどもそこには歌い手本人の原作に対する思い入れもなければ、表現欲も微塵も感じられず、ただ大人の事情のみがあった。一方でベルハーの場合は、とにかく何かを表現したい、ヲタちゃん達を楽しませたい、歌だってもっと上手くなりたい、というひたむきで悲壮なほどの欲求を感じる。
今やPerfumeはすっかりメジャーになり大衆に受け入れられたが、ほんの数年前までは「口パクだからダメ」という人がそれはもう大勢いた。ある程度の歳になると、どれだけアンテナを広げられるかということよりも、いかにインプットにフィルターをかけるか、ということのほうに重きを置いたほうが楽だし時間の節約にもなる、という考えになるかもしれないけれども、音楽に限らず、下手だから、の一言だけで切り捨ててしまうのは勿体ないと思うなあ。